09. 明日は美味しい

「ねえ、今シチューを作ってるの」
 妻は背中を向けたまま、扉から入ってきた俺に話しかけた。
「何の肉だか、当ててみて」
「......さあな」
「仔牛の肉よ、すごいでしょう。村の人が薬のお礼にってくれたの。帰ってきて、すぐ作り始めたんだけど、本当は長い時間煮込んだほうが美味しくなるわね」
「明日のほうが、もっと美味しいな」
「ええ、そう――」
 振り向いた妻の口から、絶叫がほとばしった。

 明日という日が、もし俺たちにあるのなら。
 いや、そんなものはない。異端審問官と魔女に、そんなものが赦されるはずはない。

 だが。
 もし仮に赦されるなら。
 俺は今、心から願う。
 明日もカトリーネとともに、生きていくことを。

 明日もふたりでテーブルに向かい、よく煮込んだシチューを分け合って食べよう。