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The Chronicles of Thitos
ティトス戦記

Chapter 4


 サルデス王宮に帰還したルギドは、門番役の魔物に馬の手綱を放り投げると、気を失った人間の女を軽々と肩に担ぎ上げ、大階段を昇った。
『ルギドさま、お帰りなさいまし』
 出迎えた従者のゼダは、長いねずみのような耳をピクッと裏返した。
『そ、その女は……?』
『新しい人間の奴隷だ』
 寝台にどさりと荷物を下ろす。
『おまえの仕事も今日から楽になるぞ。言葉も教え込む必要はない』
 酒を受け取ると、ルギドはアローテの横たわる寝台の隣に体を横たえ、杯を傾けながら物思いに耽った。
 そのうち、今日の戦いに加えて、サキニ大陸からの長期に渡る転戦の疲れ、最後に自分を襲った不可解な幻がもたらした憔悴のせいで、そのまま寝入ってしまった。


 目を覚ますと、見なれぬベッドの天蓋。やがて全ての記憶の噴出。
 身を起こすと、隣に無防備に眠っている魔族の姿。
「リュート……」
 呟けば涙があふれ、アローテの眼いっぱいにたたえられる。
 あの残忍な笑みをいつも浮かべていたルギドの初めて見る寝顔は、かつて彼女の隣にいた恋人のそれと同じであることに、気づかざるを得なかったのである。
 何かに夢中になっている子どものように少し開いた口。幸せそうな、やすらかな寝息。
 初めてリュートと褥(しとね)をともにしたとき、夜明け前から起き出して、こうして彼の顔を飽かず見つめていたことを、アローテは思い出していた。
 しかし、血生臭くむっと饐えたような異質な空気は、ほどなく彼女を正気に返らせた。
 窓の外の景色から、ここが変わり果てたサルデス城であることがわかる。
 何とか逃げなければ……。
 考えをまとめる間もなく寝台から足を下ろそうとしたアローテの手首を、強い力がガシッと掴んだ。
『どこへ行く。俺の許しなしに』
 横たわったまま、薄明かりに光る紅い目がこちらを睨んでいる。
『なぜ、私をここに連れてきたの……?』
『おまえは今日から俺の新しい奴隷だ。前の奴隷は食ってしまったからな』
 豪奢な刺繍の絹張りの背板に上半身を預けた尊大な姿勢で続ける。
『俺のために一日ここにいろ。戦いに出るときは、俺のそばで回復魔法を唱えろ。言う通りにすれば、殺しはせん』
『できません』
 きっぱりと答えた。
『ルギド。あなたは私たち人間の敵。私はアシュレイとともに、人間に仇なす魔王軍と戦ってきたわ。これからもあなたと戦う。何回敗れようとも』
『俺はおまえの気持ちを聞いているのではない。おまえに命令しているのだ』
 手首を掴んだまま、振りほどこうと空しく試みるアローテをあざ笑うように、ルギドは言った。
『おまえたちは絶対勝てない。俺たち魔族を主として従うほか、人間の生きる道は残されてはいない。人間で一番強いという勇者でさえ、あの様だ。
俺に服従しろ。おまえがそう望むなら、あの2人の命も助けてやる』
『いいえ、アッシュはきっとあなたに勝つわ! 彼はあなたよりも強い!』
『なにっ?』
『アシュレイには、人間には、自分の弱さから眼をそむけないという強さがある。でもあなたにはそれがないのよ、ルギド! 自分の心から眼をそむけ続けている。あなたは、弱いわ!』
 彼の手がすっと離れた。
『思い出しているはずよ。あなたが人間だった頃のこと。……リュートと呼ばれていた頃のことを』
 苛立つ心を隠そうともせず、荒々しく肘付き椅子に腰掛けてあっちを向いてしまったルギドに、アローテは想いをこめて、人間の言葉で語りかけた。
「リュートは私たちの仲間だったわ。いつも戦いの先陣を切って飛び出した。勇敢でやさしかった。みんなを明るくさせてくれた。
魔王城を攻める1月前の夜、私たちは結婚の約束をした。……でも、魔王との最後の戦いで、私は死んだの」
 聞こえないふりをしていたが、微かに彼の指の先がぴくりと動いた。
「気づいたとき、私は生きていて、リュートはどこにもいなかった。ほかの人たちは、彼が私の死に耐え切れなくて後を追ったと思っていたわ。
……でも、あなたを見てやっと本当のことがわかった。リュート、あなたは私の生命を蘇らせるために、魔王と取引を……」
『ちがう!』
 ルギドは拳で卓を叩いた。
『俺は人間だったことは一度もない! 出鱈目を言うな。俺は魔族として生を受けた!』
「お願い、リュート、目をそむけないで。私を見て!」
『黙れっ』
 椅子を蹴り飛ばすと寝台に歩み寄り、アローテを平手で打った。
「リュート!」
『汚い人間の言葉で、俺に話しかけるな!』
 ルギドは彼女の首を鷲づかみにすると、尖った爪を頚動脈の上にぴたりと当てた。
『俺の命令に従えぬと言うなら、今ここで死んでもらう』
「私は死んでもかまわない……。あなたが犠牲になって得た命なんて、いらない。あなたとともに生きていけないのなら、あなたが人を傷つけるのを見なくてはならないのなら、生きていられない」
 すすり泣きの声が喉から洩れる。
「お願い……リュート。思い出して、私を見て……」
 そのとき異変が起こった。
 ルギドはカッと火炎にも似た瞳を見開き、全身を震わせ、牙を剥き出した。
「ウ……ルサイ……。オレ……ニ……ハナ……シカケ……ルナ!」
 地の底から搾り出すような声。たどたどしいそれは、人間のことば。
 首を絞めていた手の力が脱け、アローテは寝台に投げ出された。
「リュート?」
 ルギドはしばらく、自分の口から出た音が信じられず、宙に視線を漂わせていたが、
『うわああっ!』
 両手で頭を掻きむしり始めた。
「リュートッ!」
『やめろ!俺の頭の中で……誰がしゃべっているんだ……っ。よせ! 俺に余計なものを……見せるな!」
 頭から寝台に突っ伏し、そのままのた打ち回った。
 アローテはその苦しみのあまりの大きさに、彼に触れることすらできなかった。
 どれくらい経っただろうか。
 いつのまにか死んだように動かなくなっていたルギドは、やがてゆっくりと夕闇の中に身を起こした。
 窓のそばに立ち、ただ王宮の庭を見つめる。
 そして、アローテに静かに振り向いた。
『仲間のところに帰れ……』


 夜半の月に照らされたほの明るい庭園を、ルギドが先頭にアローテが続き、まるで夢の中でいつか見た光景のように、ふたりは無言で歩いた。
 東屋の裏手に出ると、川岸に王宮専用の桟橋があり、1艘の小舟が舫(もや)ってある。
 彼は黙ってそれを指差した。
「私を逃がしてくれるの?」
 アローテがおずおずと口を開いた。
『海に出て一キロほど沖に漕げば、海流が自然と北に運んでくれる。ローダまで行けば仲間と合流できるはずだ』
「リュート……」
『俺は、ルギドだ』
 真っ直ぐに、震えている少女を見つめる。
『次に会うときは、容赦なく殺す。
 おまえも、おまえの仲間もともに。……行け。見張りが来る前に』
「あなたを愛しています、リュート。でもあなたは敵。もう私たちの道は交わらない」
 涙が耐え切れずに瞳から一粒こぼれた。
「わたしたちも、あなたと全力で戦うわ」
 ルギドは何も答えず、ただアローテを抱きしめた。
 しばしそうしたあと、きびすを返し、振り返らず王城へ戻って行った。


 王の広間へ続く扉を力に任せて開け放つと、ジョカルは軍装も解かぬまま玉座に歩み寄った。
『帰ったか……』
 玉座にいたルギドは、拝礼している従臣をぼんやりと見下ろした。
『何故この部屋には誰も侍っていないのです、ルギド様?』
『俺がみんな追い出したからだ』
『ゼダに聞きました。この数日というもの、お食事もなさらず一日中酒を煽っては、だらしなくここにお坐りの毎日だとか。本当なのですか?』
『……ああ。あいつの言う通りだ』
 ルギドは傍らの杯に手を伸ばそうとして、ジョカルの制止に会い、狂ったような笑い声を上げた。
『酔ったふりはお止めなさい、ルギド様! わたくしの目が誤魔化されるとお思いですか?』
 そのままぐったりと玉座に背を預けると、黙りこくる。
『ルギド様、いったい』
『俺は……人間の女に心を食われた』
『何ですと?』
『勇者の仲間の女だ。俺はおまえが遠征している間に、奴らと戦った。そして、あの女の持つ回復の力がほしくなり、奴隷としてさらってきた。
だが……、女は俺をリュートと呼んだ。俺はいつのまにか人間のことばで答えていた』
『……』
『おまえは嘘つきだな、ジョカル』
 目を背けようとする家臣に彼は微笑んだ。
『俺の頭の中に次々と幻が浮かんでくる。勇者とともにいたときの、金色の髪をして、船の櫂のような大剣を持つ人間のことが……』
『ルギド様』
『俺は、人間だったのだな』
『その通りでございます』
 観念した落ち着いた声でジョカルは答えた。
『お気持ちを思うと、今まで話せませんでした。しかしこうなった以上全てお話しするのがわたくしの務め。
……確かにわが王はあなたの御体を、リュートという人間から創られました。でもそれは飽くまで材料として。
しかもこの人間は、自分から進んで肉体を捨てたのです』
『あの女の命を救うためにか』
『いいえ。この男は自分が強くなることを何よりも望んだのです。わが王に惨敗し、自分を呪い、仲間を嫉み、恋人のことなど忘れて、己れの強さのみを求めて戻って来たのです。
わが王はその欲望を嘉(よみ)したまいました。そして、ご自分の器となるにふさわしい者とされたのです。
女の復活など、わが王が気まぐれでなさったこと。この男にはそのようなこと、どうでもよかったのです』
『フフ……』 ルギドは虚ろに笑った。
『確かに、そいつは魔族となるにふさわしい』
『人間のときの記憶など、ただのまやかし。捨てておしまいなさい。あなた様は、わが王が降臨される大切な御体。王のご期待を裏切ってはなりませぬ』
『俺の進む道は、もう決まっている、というわけか』
『御意にございます』


 5日間アシュレイは傷のもたらす高熱のため、生死の境をさ迷い、1週間後ようやく快方に漕ぎつけた。
 3日前に海路を経てローダの港にたどり着いたアローテは、一昨日サルデス・テアテラ連合軍の駐屯地で再会を果たしたが、心労のためそのまま床についてしまっている。
 ギュスターヴはアシュレイのテントの幕布をめくって入ると、静かに横たわる勇者の足元にそっと腰掛けた。
「ギュス……」
「何だ、起きてたのか。気分はどうだ」
「最悪だよ」
 黒魔導士はくすくす笑いながら、椅子を枕元まで引き寄せた。
「だよな。その傷じゃ」
「でも気分的にはずっと楽だよ。アローテが戻って来てくれたから」
「ああ」
 相槌を打つ彼の声には解せないという響きがあった。
「だが何故ルギドは彼女を無傷で解放したんだろう」
「アローテは何もしゃべりたくないと言ってるからな……」
「まさか、ルギドはリュートの記憶を取り戻したんじゃないか?」
「えっ?」
「考えてもみろ。何故やつはアローテをさらった? 彼女に執着するのは、リュートの記憶が少しでもある証拠だ。
 戦ってる最中もどうも様子が変だった。やつは俺の魔法のせいだと勘違いしていたが」
「……」
「どうするんだ、アッシュ。これから」
「……わからん」
「俺もだよ」
「やつの出方次第だ。もしルギドが飽くまでも魔族であることを貫いて、僕たちに敵対するなら、こちらも全力で戦う。たとえ、どんなに実力差があっても、あきらめるわけにいかない。
だが……、もしやつが人間の記憶を取り戻して投降してきたら……。そのときは、やつを軍事法廷に引き渡す」
「アッシュ」
「おそらく、死刑以外は……有り得ないだろうな」
「それでいいのか?」
「それしか道はない!」
 アシュレイはうずく傷に顔をしかめながら体を起こした。
「やつは何万、何十万の人を殺したんだ! 子どもたちに消えない恐怖の記憶と、親には自分の子を目の前で殺される慟哭と……、絶望と飢えと混乱と!
どんなにあいつが悔いたって赦される余地があるか?
絶対に、ない! 僕は勇者として……、人間として、絶対にあいつを赦すことはできないっ!」
「そんなに興奮するな。怪我にさわる」
 ギュスターヴは、あえぐ友の背中をゆっくりとさすった。
「アローテには何と言えばいい?」
「もう彼女は無理だと思う……」
 彼は震える長い睫毛を閉じてうなだれた。
「リュートであった者とこれ以上戦わせることはできない。彼女の精神がめちゃめちゃになってしまう。……残していこう」
「いいえ、行くわ」
 入り口の垂れ幕の陰から凛と声が響いた。真白な丈の長い夜着にストールを羽織り、やつれた頬の線が余計にその美しさを際立たせている。
「アローテ!」
 ギュスターヴが気遣わしげに眉をひそめた。
「もう起きていいのか?」
「だいじょうぶ」
 強い意思を秘めた黒い瞳を勇者に向けて歩み寄る。
「私も連れて行って頂戴。いっしょに戦いたいの。今さら爪はじきにしないで、アッシュ」
「ア、アローテ、でも……」
「リュートは全部思い出したの。でも別れるときに言ったわ、ルギドとして戦うって……。私も彼と戦うことを約束したわ」
「待てよ、アローテ、そんな……」
「止めないで」
  にっこりと笑った。
「彼にふたたび命を与えてもらった私には、逃げることはできない。戦うことが私の彼に対する愛の証だから」
「あきらめようぜ、アッシュ」
 ギュスターヴが大げさな吐息をついて見せた。
「アローテは昔っから、言い出したらきかないんだ。俺たちにはもう止められない」
「アローテ、ギュス。僕たちはもしかしたら……、死ぬんだぞ」
「なーにが「もしかしたら」、だ。あの鬼みたいに強いやつに、この後に及んでまだ勝つ気でいるのか?」
 ギュスターヴは愉快そうに笑いながら、友の胸を拳で突く真似をした。
 アシュレイは首を振った。
「ただで負けるつもりはない。少なくとも冷や汗くらいは掻かせてみせるさ」
「俺たち4人の……、これが最後の戦いだな」
「3年間、苦しいこともいっぱいあったけど、楽しかったわね……」
アローテが我慢し切れず、両手で顔を蔽った。
 アシュレイはふたりを両腕に抱き寄せると、ささやいた。
「僕たちは最後まで、4人だ」


 ルギドは自らの手で鎧を身にまとい、剣を腰に差した。
 いつも支度を手伝っていたゼダはもう、ここにはいない。いや、この王宮全体に彼以外の者はいないはずだった。
 しかし、玉座のある謁見の広間に出ると、静かにひとりの魔族がひざまずいていた。
『……ジョカル』
『いったい、どういうおつもりです? サルデスの全部隊を引き揚げ、魔王城に帰還させるとは。下働きからゼダに至るまで追い出してしまわれるとは』
 ルギドは玉座に坐った。
『おまえにも命ずる。この国は捨てる。おまえも城に戻り、俺の部隊を整え、サキニ大陸に全軍を投入せよ』
『ルギド様! 何故そのようなことを』
『俺はサキニ大陸を侵攻中、ずっと考えていた。デルフィアよりサルデス、サルデスよりエペと、回を追うごとに俺の作戦は難航した。何故だかわかるか?』
『いいえ』
『魔族の数が圧倒的に不足しているのだ。人間は全大陸でおよそ1億。魔王軍は雑兵まで合わせてたかだか80万。 侵略する地域が増えれば増えるほど、駐留軍は増え、戦力は分散する』
『はい』
『人間を皆殺しにし、全地を焦土と化すだけなら事はたやすい。だが人間を餌として管理し、魔族による支配を隅々にまで及ぼすには、俺たちの数はあまりにも少なすぎる』
『……はい』
『今はラダイ大陸とサキニ大陸の完全な掌握に徹する。魔法王国テアテラを擁するエルド大陸と、人間のほとんど住まぬアスハ大陸には手を出すべきではない。少なくとも5年』
『それは、わが王の御心に反します。王は1年のうちに全世界を手に入れよと仰せられました』
『そのお考えには納得できぬ。この世界を滅ぼす以外にそれは不可能だ』
『ルギドさまっ!』 ジョカルは吠えた。
『あなたは何をおっしゃっているのです。わが王のご命令に反逆なさると?』
 ルギドはくすりと喉の奥で笑った。
『ジョカル。おまえまでそんな目つきで俺を見るのか。ほかの奴らが俺を畏れ、疑い、非難するのと同じ目で』
『い、いえ。わたくしは……』
『おまえには感謝している。ジョカル。1年間俺の全てを見守ってくれた。いつも俺のことを案じ、慈しんでくれた。……多分、実の親以上に』
 黒鎧の王子はゆっくりと玉座から降りた。
『だがここからは、もうひとりで行く。俺は父王と袂を分かつ。俺の最後の命令だ。この大陸を出て行け』
『ルギド様、あなたは一体何を……』
『勇者どもをここに呼び寄せた。3日前に使者を出したから、今日明日にはここへやってくるはずだ』
『では、わたくしも』
『奴らとは、俺ひとりで戦う。誰にも邪魔させたくないから、こうしたのだ』
『まさか……、勇者に自ら屈服なさるおつもりでは』
『父王に、こう伝えてくれ』
 ルギドは少し悲しげな眼差しを遠くにたゆたわせた。
『もし俺がこの戦いに勝ち、勇者を屠ることができれば、俺は父王にふさわしい器として凱旋する。しかし、もし戻らなければ、俺のことはあきらめてほしいと』
『お、お待ちください。ルギド様!』
 床を這いずり、足にすがりついても行かせまいとするジョカルに、ルギドは優しく微笑み、そしてその一瞬のちには王者の権威を持って命じた。
『去れ! そして、2度と俺を見るな』


 アシュレイ・ギュスターヴ・アローテの3人は、高台の王宮を見上げた。瓦礫と化した市街地からさえぎるものとてない城の姿は、たった半年の間にこの世ならぬものへと変貌を遂げていた。
 魔界の蔦が生い茂って白く美しく輝いていた外壁をぼろぼろと崩し、地面から立ち込める瘴気は侵入者の肺を冒す。
 壮麗だった門。前庭。アーチ形の小道。往時を偲ぶ便(よすが)とてなく。
 だが奇妙なことにその支配者たる魔族の姿もどこにもない。
「皆さんはここで待機してください」
 背後に控える小隊長たちに、アシュレイは低く指示を出した。
「僕たちが侵入して30分後、何も異常がなければ、オルデュース率いる別働隊が、庭から秘密の連絡道を使って地下に潜り、王妃様たちをお助けする手はずになっています。
万が一彼らの行く手を阻もうとする敵が現われれば、全軍で排除してください」
「わかりました」
「王宮にはどなたも決して入らないように。そして僕たちが3時間経っても戻って来なかった場合は、全部隊引き揚げてください。
あとの指示はグラックス司令が出してくださいます」
「承知しました。――ご武運を」
 各小隊が物陰に身を潜めるまで待つ。
「さて、そろそろ行こうか」とアシュレイ。
 ギュスターヴは魔王軍の使者の届けた羊皮紙を手にしていた。そこには魔族のことばでこう記してある。
『地下牢の王妃ならびに王子・王女を引き渡す。勇者たち3人のみでサルデス王宮に来い。こちらもひとりにて待つ』
「ルギドは何かを決意したみたいだな」
「今からそれを確かめに行くのよ」
 アローテがわざと快活に、男たちの背中を押した。
「私たちのラストバトルよ」

Chapter 4 End

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