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Chapter 7
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魔族の伝承を調べていたルギドの案内で、ほとんど迷うことなく目的地に着いた。 『風の階(きざはし)』。 森を抜けると突如現われた広い空間の中央に、見上げても先端は雲の彼方に霞む巨大な尖塔がそびえ立つ。 地面近くこそツタ類の侵食を受けているが、果てしなく上に伸びる石造りのらせん階段は、崩れることなく続く。 各層には大小の風車が設えられ、こちらはさすがに羽根の部分がところどころ欠けているものの、カラカラと風を受けて勢いよく回り、 塔全体でさまざまな高低のパーカッションを奏でている。 「すげえ……」 ギュスターヴが口をぽかんと開けて見とれた。 「何故これほどの高い塔がどこからも見えずに今まであったんだろう」 「何かの結界魔法が今もかかっているのかもしれないな」 アシュレイがつぶやいた。 「古代文明が滅びたのはもう1万年前だぞ」 「これほどの建築を作り出した人々だ。それくらいできても不思議はない」 「そういうことだ」とルギド。 「何が待ちうけているかわからんぞ。心して進め」 初めのうちは緊張を漲らせて慎重に昇っていく一行だったが、1時間もしないうちにその緊張感はすっかり消えうせてしまった。 「あーっ。疲れたぁ!」 アシュレイが息を切らせて坐りこむ。 「いつまで続くんだよ、この階段。永遠に頂上なんて来ないんじゃないか?」 先頭を進んでいたルギドが冷ややかな目で見下ろした。 「貴様、ほんとうに勇者と呼ばれていた男か? これくらいでバテるなど信じられん」 「ルギド、おまえの体力には敬服するよ。……だから負ぶって行ってくれ。頼む。僕に忠誠を誓ったんだろ」 「あれは儀式の文句だ。おまえの日常まで面倒を見るつもりはない!」 しかしはるか目線の下の踊り場でへたりこんでいるギュスターヴとアローテを見ると、大きく吐息をついた。 「わかった……。少し休憩する」 思い思いの格好で休息をとっているあいだ、彼は壁によりかかっているアローテに訊いた。 「アシュレイはあんなわがままで情けない奴だったか?」 「わたしたちの前ではそうじゃなかったわね」 「今までのあいつなら、剣のことくらいでわがままを言うことはなかった。たとえどんなに疲れていても平然としていたはず」 「リュートの記憶では、ね」 指摘されて、彼は口ごもった。 「勇者だった頃のアッシュは、自分が苦しいときでもいつも人のことを気遣うことを考えていたわ。それが勇者として課せられた務めだった。 勇者の称号を奪われて、やっと本当の自分に戻れたんじゃないかしら」 「あれが本当のアシュレイ?」 「14歳のときからずっと愚痴やわがままを我慢して、リーダーとして振舞う彼を見てきたわ。今のアッシュは楽しそう。隊商の商品を露台で売ったり、村娘と冗談を言ったり……。そんな経験初めてだったのよ」 アローテは母親のような深い微笑みを見せた。 「もう少し、子どもでいさせてあげましょう?」 小休止のあとふたたび、果てることのない天へと続く階段が彼らを待っていた。 長い杖を頼りに年寄りのように体を支えながら最後尾を行くのはギュスターヴ。 「はあ」 ようやく次の踊り場まで辿り着くと、ルギドが腕組みをして睨んでいる。 「遅い。アシュレイはともかく、なぜアローテにまで抜かされる?」 「俺は体力派じゃなくて、頭脳派なんだよっ」 変に威張りながら腰を叩くと、ルギドの指差す壁のレリーフを覗きこんだ。 「何だ、それは」 「読めるか?」 「古代ティトス文字だな。……[この言葉の……すもの……四つの……四つの理(ことわり)] ちっ、消えかけてて読めない。」 「[四つの理たる四つの言葉、……を真とせん]、だ。だが肝心の言葉が消えている」 「四つの理たる四つの言葉って、四種のエレメント魔法のことだと思うか?」 「たぶん」 「くそっ。せっかくの手がかりかもしれなかったのに」 ギュスターヴは腹立ち紛れに壁を蹴飛ばした。 「だいたいこれじゃ風雨にさらされるわけだぜ。何でこの塔はこんな構造になってるんだ」 風の階という名前が現わすとおり、この塔には外壁というものがなかった。円柱が支えるだけの螺旋階段はまるで空中に 浮かんでいるように見え、上に行くほど風が強く吹きさらして、昇る者は眼下の森を見晴らす余裕もない。 「これは『翼もつ者』の城だからな」 「翼もつ者?」 「いずれ分かる」 意味ありげにことばを途切れさせるルギドに、ギュスターヴのいらいらは臨界点に達した。 「おまえなあっ。いっぺん言おうと思ってたけどな、その人をこばかにしたようなしゃべり方をやめろっ! いちいちムカつくんだよっ」 「ほう?」と横目でちらりと見る態度は、「こばかにしたような」ではなく完全に馬鹿にしている。 「それよりおまえの方こそ、前はそんなはすっぱな話し方はしてなかったはずだが?」 「悪かったな。おまえがそんな調子だから、俺がみんなの気持ちを明るくするムードメーカーの役割を引きうけてやってるんだよ!」 「そうか? おまえの声を聞くと俺は逆に気が滅入る」 先に進んでいたアシュレイはふたりのやり取りを微笑ましく振りかえった。 「あのニ人、仲いいよなあ。昔はなんかトゲトゲしてたけど」 「あのね、今まで黙ってたけど……」 アローテが吹き出すのをこらえている。 「ギュスって本当は、ユツビ村で一番口が悪い男の子だったの」 「ええ?」 「勇者様に仕えるって言うので、猛特訓を受けたの。今まで地を出さずにすんだのはリュートのおかげ。リュートのことばがあんまりひどかったから、反対にツンととりすました物言いをするようになったの」 「けっこうギュスって、チームのバランスを考えて自分を演じ分ける奴だったんだなあ」 アシュレイはしみじみとつぶやいた。 「僕たちは今まで、お互いのことがよくわかっていなかったのかもしれない」 数回の、ルギドにとっては不本意な休憩をはさんで昇り続けると、永遠にないかもしれないと思った階段の終点が見えた。 突き当たりを折れて進むと、そこは塔の最上階とは思えぬほどの天井の高い広い空間だった。 「あれが、風の神像か!」 ギュスターヴは回廊の手すりから身を乗り出した。 回廊はすぐ先で途切れ、ひとりがやっと通れるほどの階段を経て広間に降りる。 そしてその最奥に大きな翼を広げた豹のような形の真鍮製の神像が、天蓋付きの台に鎮座している。 「待て、ギュスターヴ!」 階段を駆け下りようとする魔導士を、ルギドは鋭く制止した。 「その床に降りるな」 ギュスターヴがうざったげに見上げる。 「床に降りなきゃあの神像までどうやって行くんだよ」 「それもそうだな。じゃあ行け」 事もなげに前言撤回するのを聞くとさすがに恐くなり、1歩目は踏んだものの2歩目は踏み出せずにいた、そのとき。 突然地鳴りが始まった。風車のカラカラ回る音が一層高まったかと思うと、何かが軋む恐ろしい振動。 彼らは一斉に天井を見上げた。 平天井がぱっくりと2つに割れ、左右に退く。隠れていたドーム状の丸天井。そしてとてつもなく巨大な物体がふわりと舞い降りてくる。 どうと音をたてて砂埃と地響きが起こる。床のタイルがピシピシと細かいひびを走らせた。 その物体。背丈は三層の塔ほどか。 広げた背中の翼は広間の端から端まで蔽い尽くしたが、今はゆっくりと畳まれてゆく。 全体の印象は、神像と同じく翼をもった肉食獣だ。 しかし顔は神像ほどの精巧さはない。ふたつの大きな黒い穴が目の代わりにうがたれており、鼻も口もぞんざいな筋でしかない。 肌は粗く削り出された鉱山の坑道のようだった。 「何だよ、こいつは……」 ギュスターヴは呆然自失の態だ。 「これが風の階の守護者(ガーディアン)――」 ルギドが階段を降りてきて、彼の隣に立つ。「ゴーレムだったのか」 「ゴーレム?」 「古代ティトスの魔術で生命を吹き込まれた石像だ。魔導士の死んだあとも何千年、何万年とその遺志を果たす」 「こんなでかい奴が、魔法で動いてるって?」 仲間たちを片手で制すると、ルギドは数歩前に出て石像に向かい叫んだ。 [ヤ・トゥラ ボーモス ア・クヴェルタ エルトゥ オ・トゥラ、ジュプリク インマトゥ エルハ(我は汝の主の血を継ぐ者なり。わが呼びかけに答えよ)] 古代ティトスの言葉の歌うような響きは何度かこだまし、静寂の中へと消えた。 「チッ、阿呆が。言葉が通じぬか」 ルギドがつぶやいた途端、ゴーレムの内部から、石の中で反響して割れた大音声があたりをつんざいた。 [汝の名を名乗れ……] [我が名はルギド。魔族の王子にして帝国の後継者。汝の主の志に叶いて、風神ゼフィルスの拝礼の栄を賜らん] ゴーレムは考え込んでいるように、ギギッと体を軋ませていた。 [我が主の志はひとつ。ゼフィルス神に近づかんとする者を滅ぼすことなり] 「だめか、やはり」 そう言いながら、彼の顔はちっとも残念そうではなかった。 「戦うのか。何となく予想はしていたが」 アシュレイたちの顔色が青ざめた。 「そうだな。それしかあるまい」 ルギドは背負っていた剣を鞘ごと外すと、ローブを片手ではぎとって部屋の隅に捨てた。 「魔法剣でチャッチャッと倒してくれよ」 「魔法剣は、使えん」 「な、何だって!」 「ただの鋼には魔力を通じることはできない。刃が耐え切れず一瞬でぼろぼろになってしまう。 あれはサルデスで没収されたデーモンブレードのような特殊な金属でなければ、使うことはできないのだ」 「魔法だけでも使えないのか?」 「それも無理だ。俺のは詠唱魔法ではない。魔力を媒体なしに相手に届かせることはできん」 「それじゃ全然お手上げじゃないかよ!」 ギュスターヴは絶望の悲鳴をあげた。 「魔法剣も使えないで、おまえ一体こいつとどうやって戦うつもりだったんだ」 「怖かったらこの階段から上で見ていろ。このゴーレムは床に立っている者だけを襲うように命じられているらしい」 口を開いたままの3人をちらりと見て、大剣を鞘から引き抜く。 「手伝う気があるなら、止めはせんが」 言葉も終わらぬうちに、彼は真正面から突っ込んで行った。 気合とともに宙に舞い上がると、ゴーレムの前足めがけて大剣の切先を突き立てる。 しかし一瞬早く、ゴーレムは空に飛び立った。広間にその羽ばたきから生じる竜巻が吹き荒れた。 「何であんな岩みたいのが飛ぶんだ? 物理の法則無視してるぞッ」 腕で顔を庇いながら、ギュスターヴが叫ぶ。 「ルギド!」 剣士は間一髪後ろに飛び退いて、ゴーレムとの衝突をかわし、姿勢を低くして風圧の直撃を免れていた。 長い銀髪は一本ずつが生き物のようにうごめき、紅い目はいつもにまして炎のごとく輝き、至福の笑みを浮かべている。 「うれしそうだな……。こんなとてつもない奴相手に」 ギュスターヴは信じられないといったふうに頭を振る。 「ほんっとに心底から、戦うのが好きなんだ」 「よし。僕たちも始めるぞ」 「アッシュ?」 「ルギドひとりに戦わせておくのか。僕たちもみんなで、ここに来ることに賛成したんだぞ」 「わかったわ」 「アローテは物理防御呪文だ。僕はルギドを助けて、奴をかく乱する」 「ちぇっ。それじゃ一発、軽く小手調べと行くか」 ギュスターヴも杖を真っ直ぐ差し出すと、素早く呪文を紡ぎ出す。 アシュレイはゴーレムの気を引きつけるため、わざと正面を走り抜けた。 「ふっ、あいつら無駄なことを」 仲間の参戦に気づいたルギドは、小柄なすばしこい騎士に気をとられているゴーレムの死角に入るように壁を蹴り、腕にとりついた。 雄叫びもろとも、人間なら心臓にあたる部分に右手を押し付ける。大爆発とともにゴーレムはバランスを崩し、やむなく地上に舞い降りた。 ルギドもそれと同時に軽々と着地する。 見るとゴーレムの胸は真っ黒に焦げていた。 「そうか!」 アシュレイが感歎して呟く。 「媒体なしに、ゴーレムの体に直接魔法を叩き込んだんだ」 しかも、その身軽さ。まるで空を飛んでいるようだった。 「くそう」 剣の柄を握りしめる。「僕だって負けない!」 そのとき、ギュスターヴの氷結呪文がちょうど舞い降りたゴーレムの顔に炸裂した。しかし一瞬動きを止めたものの、ふたたび翼を広げ始める。 「馬鹿やろう!」 ルギドから容赦ない罵声が飛んだ。 「そんな初級呪文、神経のないこの木偶の坊に効くか! もっとでかいのをやれ!」 「てめえだぞっ。最初から大魔法をぶっぱなすなって俺を怒鳴ったのは!」 「阿呆! 今は長期戦を考えてる場合か。死んでもいいから打ちまくれ!」 「こっのーっ。人を何度も阿呆呼ばわりしやがって。とっておきのを出してやるッ」 その頃アシュレイは足踏みしているゴーレムの脛に渾身の一撃を叩きこんだ。 火花が散り、ゴーレムがよろめく。しかし――。 「うわーっ! しまった!」 悲鳴をあげたのはアシュレイ。 青銅の剣の切先が脛に突き刺さったまま、手の柄から離れてしまっている。 「どうしよう。剣が折れた……」 「アシュレイ」 ルギドが彼を背中に庇うように立った。 「隙を見て神像の後ろに走れ。どこかに奉納物を置いた小部屋があるはずだ。剣か斧かは知らんが、手当たり次第に盗ってこい」 「でも……」 「俺が奴を引きつける。ギュスターヴも、たいしたことはないが何かやるだろう。ゴーレムの足が地面から離れた隙に走りぬけろ」 「わかった」 「2人とも、受け取って!」 アローテの叫びとともに、ルギドとアシュレイの体が青く光った。防御力が格段に上がっている。 「よし、行くぞ!」 ふたりは一斉に別方向に走り出した。ルギドがふたたび右手に魔力を集中しながら足場を登り始めると、ゴーレムはさすがにダメージを恐れて、その動きを牽制するため舞い上がる。 その機を逃さず、アシュレイは一気に巨像の足元をすりぬけ、背に守っていた神像の後ろに飛びこんだ。 「どこだ? 奉納物の隠し場所は……」 両手を使って、背後の石壁のあちこちを軽く叩いた。 壁の向こう側に空洞の広がるうつろな音が返ってくる。 「ここか」 アシュレイはベルトのサックから小刀を取り出すと、石の継ぎ目にナイフの先を当てた。 隠し扉の位置を探り当てると、全体重をかけて押してみる。 びくともしない気配に一歩下がり、策を考えていると、 「アッシューッ!」 アローテの絶叫。 あわてて振り返ると、ゴーレムが翼を広げたままゆっくりとこちらを向こうとしているところだった。 今までルギドが奴の前足と風圧の攻撃を、紙一重のところでかわしながら注意を引きつけていたが、とうとう神像を侵そうとする者の存在に気づいたのだろう。 神像を守るという主から与えられた任務を最優先で遂行するつもりのようだ。 「ガガガ……」 怒りの声とも取れる耳障りな音を発しながら、ゴーレムは前足をアシュレイに向かって振り上げた。 そのとき――。 奇しくもギュスターヴの呪文の詠唱が終わった。彼はカッと目を見開くと、両手を頭上に掲げた。 「無礼者! 俺に尻向けてんじゃねえーっ!」 その細い腕からニ筋の光の太い束が、空気を捻じ曲げんばかりの勢いでゴーレムの左右の翼にそれぞれ着弾した。 千年の樹齢を経た大木ほどもある巨大な翼が、みしみしと音を立てて巨大な氷の塊と化した。 「ルギド! あとはまかせた!」 叫ぶ名前の相手を見もせず、ギュスターヴはその場にへたりこんだ。 「だいじょうぶ、ギュス?」 アローテが駆け寄る。 「上級氷結呪文を2つも同時に……。それにこんな威力の見たことないわ」 「へへ……。ほんとに後先考えずに撃っちまった。ちっとヤバかったかな。ま、あとはあいつが何とかするか」 ニ人は上を見上げた。 ルギドは魔法のとばっちりを避けるため回廊の手すりに立っていたが、ギュスターヴの合図と同時に左手の大剣を放り上げると、自らはゴーレムに向かって飛び降りた。 そして両手に炎の球を燃え立たせてゴーレムの翼に取りついた。 耳を聾する破裂音とともに、ゴーレムの翼は粉々に砕け、氷片のように輝きながらゆっくりと舞い落ちてきた。 ギュスターヴの氷結魔法で氷点下数百度まで冷やされていた岩が、ルギドの数千度の炎で一気に熱せられ四散したのである。 一回転して着地し、放物線を描いて落ちてくる剣を受け止めた魔剣士は、すでに勝利の快感に酔っていた。 「クク……。どうした風の守護者。そのザマではもう飛べんぞ」 「グガアッ!」 翼を失ったことにようやく気づいたゴーレムは、怒りに我を忘れて咆哮を上げると、ふたたびルギドやギュスターヴに向き直り、よろめきながら襲いかかってきた。 どうやら、体のバランスが崩れているらしい。 「げっ。こっちへ来ちまった。アローテ、逃げろ!」 ギュスターヴは白魔導士の手を引っ張り、階段を駆け上がった。 ほっとしたのも束の間、ゴーレムは前足を高く上げると、彼らめがけて力任せに振り下ろした。 「キャアア!」 彼らのすぐそばの回廊ががらがらと崩れ落ちる。 「これだけ怒らせると、床にいる者だけを攻撃せよという主の命令も吹っ飛んでしまうようだな」 逃げ惑う魔導士たちを、ルギドは愉快そうに眺めている。 「てめえっ! 何のんびり見てるんだ。早く助けろっ」 ギュスターヴの抗議の叫びに、彼はようやく大剣を肩にかつぎゴーレムに近づくと、胆力の限りに振り下ろした。 2回。3回。 嵐のごとき太刀を受けた巨像のくるぶしは、見る見る瓦礫と化してゆく。 ゴーレムは足もとの敵に向き直り思い切り前足を払ったが、ルギドは難なくかわしてまた同じことを続ける。 敵の関心がそれたのを知ると、アシュレイはすぐ活動を再開した。 どこかに仕掛けがあるはず。 神像の台座部分を調べると、ほどなくかすかに色の違う一枚のタイルを見つけた。 いろいろ試しているうちに、タイル自体を押し下げて横にすべりこませることに気づく。中には錆びた鉄製の輪があった。 力をこめて引いた。 またひときわ風車の音が高くなったかと思うと、背後の壁が大きな軋みとともに左右に割れた。 果たしてその奥に白い埃にまみれたたくさんの宝物。 神聖な地に踏み入る畏怖からためらっていたアシュレイだったが、背後で戦う仲間を思い、意を決して目指していたものだけを掴み上げた。 それは小ぶりのレイピアだった。 埃を手で拭うと、柄にはエメラルドが嵌めこまれ、鞘には美しい緑の象嵌細工が施されている。 すらりと引き抜くと、銀色のまばゆい光がこぼれ、露が今にも滴り落ちそうに刀身が輝く。 「こ、これは……」 しかし見とれる間もなく大きな衝撃音で我に返り、小部屋を飛び出した。 「ルギド! ギュス! アローテ!」 戦況は一目でわかった。 ゴーレムの右前足はすでにくるぶしから上が粉々に砕かれ、左も半分ほどえぐれている。 「アッシュ。その剣か!」 ギュスターヴは、騎士の手にあるものを見るなり、歓喜の声を上げる。 ルギドは彼に近寄り、剣をじっと値踏みすると、 「お膳立てはしてやった。あとはそれでとどめを刺せ」 「わかった。恩に着る」 アシュレイはゴーレムを見上げた。 翼をもがれ両前足も封じられ、何とか二本の後足で戦おうともがいている。 レイピアを構えた。 初めて持つ剣の要求に応えるように、気を剣先に集中させる。 呼吸が深まるにつれて、刃が一層光を放ち、一陣の風が巻き起こり、やがて彼の金褐色の髪を逆立てるほどに激しい渦を作った。 「行くぞ!」 叫ぶとゴーレムの動かぬ前足を駆け登り、敏捷な猫のように腕に肩にと飛びあがった。 剣は荒々しい大気を吸い寄せ、竜巻となした。 アシュレイはゴーレムの首筋にレイピアを突き立てた。 突かれた点からピシピシと亀裂が生じ、見る間にいくつかの巨大な岩の塊となって床に転げ落ちる。 頭を失ったゴーレムは完全に沈黙した。 |
Chapter 7 End |
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