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The Chronicles of Thitos
ティトス戦記

外伝 Episode 2
旧暦3638年 白鳳月


§1


「それにしても、勇者のご一行がこんなチビどもだったとは思わなかったな」
 リュートという大柄の剣士は、朝食の皿を次々と平らげながら、隣のテーブルに座っている3人を、ときおり無遠慮な視線でながめてはニヤニヤしていた。
 ここはエルド大陸の南王国サルデス。
 その王都近くの街道筋の宿場町。
 出発の前に朝食のために入った酒場で、彼らはおととい会ったばかりの厄介な男に、また鉢合わせしてしまったのだ。
 ギュスターヴは、彼の小ばかにしたような口調にむかむかして、思わず言い返した。
「俺はチビなんかじゃない。もう16歳で成人の儀も済ませた。おまえとたった2歳違うだけだ」
「でも俺よりチビじゃねえか」
「おまえがデカすぎるんだ!」
 リュートはいかにも愉快そうに、大口を開けて笑った。
 ギュスターヴの隣では、アシュレイが居心地悪そうに、卵料理の皿をつついている。
「なんだ、勇者さま、今朝は元気ないじゃねえか。いったいどうしちまったんだ?」
「おまえのせいだろ!」
 ギュスターヴが彼を剣士の視線からかばうように、割って入った。「おとといは、いきなり襲いかかってきて、夜までアシュレイを戦わせておいて! ……そのせいで、 アシュレイはきのう1日起き上がれなかったんだ」
「なーんだ、たったあれくらいのことで伸びちまってたのか? 俺なんかあの後、朝までここで飲んだくれて騒いでたぞ」
「おまえみたいなガサツな奴と、いっしょにするな!」
「もし魔王軍が2日続けて攻め立ててきたら、どうすんだよ。疲れたから明日来てくださいって言うのか?」
「……確かにそうだ。きみの言うとおりだよ」
 アシュレイは神妙な顔をして認めた。
「たった3時間、剣をふるったぐらいで倒れてしまうなんて、自分が情けないよ」
「まあ、俺とはしょせん鍛え方が違うからな。あんまり気にするな」
 リュートは大威張りで言うと、またテーブルの上の食事に食らいついた。
「どうでもいいけど、朝からよくそんなに食べられるな」
 冷たい眼でギュスターヴがねめつける。
「いったいどうやったら、朝から分厚いステーキなんかが胃に入るんだ?」
「朝メシはしっかり食えって、親から言われなかったか?」
 金髪の剣士は長い腕を伸ばして、黒魔導士の二の腕をつかんだ。「ほら、おめえ全然筋肉ついてねえ。俺の手首より細えや」
「放せよ! 俺は魔導士だから、筋肉なんて必要ないんだ」
「そんなだと、女ひとり満足に抱けねえぞ」
 リュートは、伏目がちに彼をちらちら見ている少女に、笑顔を送った。
「アローテって言ったっけか。何で俺をずっと見てるんだ?」
「い、いえ、あの……」
「俺に見とれちまったってか?」
 ギュスターヴは、幼なじみが頬をぽっと染めてうつむいてしまったのを見て、またかっと頭に血を昇らせた。
 彼とアローテはたった2ヶ月前、ユツビ村から出てきたばかりだった。
 村では12歳になると、ほとんどの子どもは王都の魔導士学校の寮に入ってしまう。村にいる年頃の男といえば、長老の直弟子であるギュスターヴ以外わずか2名だけ。
 アローテには、男に対する免疫がないも同然なのだ。
 その彼女の前に、いきなり男臭さをぷんぷんさせた奴が現われたのは、確かに危うい。
 リュートはギュスターヴの目から見ても、とんでもなく魅力的な男だった。
 背が高く容姿が整っているばかりではない。
 大らかで人を楽しくさせるような笑顔。聞くに堪えないような下品なことばと裏腹に、どこか優しい響きのある声。
 旺盛な生命力に満ち溢れている様は、いやでも女性の目を惹きつける。
 もっとも、旅の仲間にするには、これほど面倒なやつもいないだろう。
「とにかく、もう俺たちに話しかけないでくれ。俺たちは忙しいんだ。もうすぐこの町を発って、次の町に向かわなきゃならないんだからな」
「そのことだけどな」
 リュートは水の入った壷に直接口をつけて飲み干すと、勇者たちのテーブルに身を乗り出した。
「俺を仲間に入れてくれねえか?」
 アシュレイがフォークを皿に落とす音が聞こえた。
「ああ、もう……・」
 ギュスターヴは、最悪の事態に両手で顔をおおった。
 厄病神か、こいつは?


「おい。待てよ!」
 皮袋を肩に、とてつもなく大きな鋼の剣を片手に、酒場から飛び出したリュートが3人の背中に叫んだ。
「俺がクソに行ってるあいだくらい、待ってくれてもいいだろ!」
「あのなあ……」
 ギュスターヴが、やってられないという表情で振り向く。
「何でおまえを待たなきゃならんのだ。おまえとは仲間でもなく、何の関係もないんだぞ」
「こっちには大ありなんだよ」
 リュートはその広い歩幅で、あっという間に彼らに追いついた。
「おとといのアシュレイとの決着が、まだ着いてねえ。どっちが強いかはっきりさせるまで、俺はおめえたちについてくぞ」
「おまえとの決着をつける義務なんて、こっちにはないんだよ」
 怒りのあまり、ギュスターヴは吼えた。
「俺たちは武者修行の旅をしてるわけじゃないんだぞ。アシュレイは勇者として世界を救う旅をしてるんだ。おまえと遊んでいる暇なぞない!」
「じゃあ、俺もいっしょに世界を救うのを手伝う。それならいいだろ?」
「ガキかよ、おまえは……」
 ギュスターヴは盛大なため息をつくと、当惑顔のアシュレイに向き直った。
「アッシュ。しかたないから、おとといの試合はこちらが負けましたと言ってくれ」
「え?」
「リュートとやら。こうなったら白状するが、実はあの勝負で、俺たちは一回ズルをした。こっそりアローテがアシュレイに回復魔法をかけたんだ。 そうしなかったら、こいつはおまえに負けてた」
 リュートは目を丸くした。「ほ、ほんとなのか? それは」
「ギュス!」
 アローテは頬を膨らませて、彼をにらんだ。「私、そんなこと!」
「だから、勝負は引き分けなんかじゃない、勝ったのはおまえだ。きみは勇者アシュレイ・ド・オーギュスティンに堂々と勝ったのだ。おめでとう!」
 言い捨てるなり、アシュレイとアローテの手を掴んで、駆け出す。「逃げろ!」
 あとにひとり残され、ポカンと口を開けていたリュートが、やがて叫んだ。
「あ、あんちくしょう、騙しやがったな!」
 3人は走りに走って、馬屋で預けていた馬を引き取ると、一目散に町の門をくぐった。
 わざと街道のほうには向かわず、町囲いの石壁をぐるりと裏側に回り、馬を止めた。
「頭の悪そうな奴だから、これで多分撒けるだろ」
 息をようやく整えたギュスターヴが、得意げに言った。
「ギュスったら、あんな嘘ついて……」
 アローテはまだぷりぷり文句を言っている。
「しかたないだろ。あいつをあきらめさせるためなんだから」
「あのひと、俺は勇者に勝ったなんて、よそで触れまわったら、どうするつもり?」
「だいじょうぶ、あいつの言うことなんて、誰も信じやしないよ」
「でも」 14歳の勇者が、ひどく真剣な調子でつぶやいた。「本当に僕は、負けそうだったんだよ」
「アシュレイ……」
「自分で回復魔法をかけながら戦ったから、あそこまで持ちこたえられたけど、そうでなければ負けていた。 あいつが引き分けだって自分から座り込んでくれなければ……。いや、もしかして僕が限界なのを見抜いて、 わざと勝負を預けてくれたのかもしれないんだ」
「考えすぎだよ。あいつにそんな気遣いがあるものか」
「あんな剣を使う者を僕は見たことがなかった。豪胆で、それでいて猫のようにしなやかで、どんな型にもはまっていない。 僕は自分の剣があれほど小さく見えたことはない……」
「アッシュ。そんな……」
「僕のほうこそ、もう一度彼と戦いたかった」
「うん、そうだろ、そうだろ」
 ギクリとして彼らは同時に振り返った。
 いつの間にやら、リュートが後ろにいて、馬上から楽しげに笑っている。
「あー、ヤバかった。もう少しではぐれちまうところだった」
「お、おまえ、どうしてここがわかったんだ!」
「さあ? 勘ってやつかな?」
 自分でも不思議そうに首をひねる。「強いて言やあ、おめえらの匂いがしたんだ、こっちから」
「……ハイエナか、おまえは!」
「さあ、ぐずぐずしてねえで、行くぞ。こっちじゃなくて北に上がるんだろ?」
「なぜ、おまえが仕切るんだ。俺は認めんからな。おまえが仲間になることなど!」


 ギュスターヴの叫びもむなしく、4頭の馬は不本意ながら轡を並べて、サルデス王都からテアテラ国境へと長く伸びる街道を北上し始めた。
 サルデスは5年前から魔王軍の本格的な攻撃を受けていた。王都のある南半分はかろうじて持ちこたえていたものの、北半分は多くが魔王軍の制圧下にある。
 冷涼な気候のせいか、冬は魔王軍も沈黙を保っているが、今のように春から夏にかけては大攻勢に転じてくる。
 ずっとそんな一進一退の戦況が続いて、サルデスの誇る精鋭軍と言えど、その均衡を破ることはできなかった。
 3月前、勇者の召命を受けたアシュレイ、そしてその助力のためテアテラからはるばる派遣されてきたふたりの魔導士たちにとって、今回の目的はサルデス全土を魔王軍の手から解放すること。
 はじめての正念場ともいえる旅だったのだ。
 それなのにその緊張感は、思わぬ闖入者のおかげでしょっぱなから崩れっぱなしだ。
 リュートはずっと一人で、あれこれとしゃべっている。ギュスターヴに言わせれば『下品でくだらない』話を。
 町を出てしばらくはそんな調子だったが、突然彼はぴたりと口をつぐんだ。
 今度は3人のほうが、その静けさに耐えられなくなった。
「どうしたの、リュート?」
「……いるぜ、奴ら」
「え?」
「魔王軍が近くにいるのか?」
「いや、近くじゃねえ。こっから一キロ先」
 そのまま馬を進めると、やがて彼らにも、その気配が伝わってきた。
 下馬して身構えると、果たして林の影から30匹くらいの魔物が現われた。
「番犬みたいな男だな」
 感心してアシュレイがつぶやいた。「いっしょに旅をすると助かるのは確かだが」
 一生かかってもこいつから逃げることはできないと、彼らは悟った。
「アシュレイ。速攻でやっつけるぜ」
 身長ほどもありそうな大剣を馬の背から降ろし、鞘から器用に抜き放つとリュートは年下の同行者に命じた。
「ギュス、アローテ。危ないから下がってろ」
「だから、なぜおまえが仕切るんだ!」
 リュートは一声、雄たけびを上げると、先陣を切って魔王軍の群れに突っ込んだ。
 ギュスターヴは呪文を唱えるのも忘れて、その戦いぶりを見つめた。
 リュートの剣の真髄は乱戦のときにもっとも発揮される。
 何よりも戦い慣れている。前後左右に目を持つかのように、死角がない。
 大剣使いは得てして、懐に入られると無防備になるものだが、彼の場合素早い足さばきと柔軟な動きで完全にその弱点を克服している。
 予期しない動きは、計算ずくというより本能の為せるわざだ。
 何よりもギュスターヴを驚かせたのは、その大きな身体でアシュレイをいったん敵の目から隠し、彼の剣を効果的な奇襲攻撃に仕立ててしまったことだ。
 今まで思っていたような一匹狼ではない。はじめていっしょに戦う仲間と、打ち合わせもなしにチームプレーまでやってのけるのだ。
 アローテが唱え始めた防御呪文が終わるまでに、勝敗はついてしまった。
「す、すごい」
 呪文の行き場がなくなった所在無さも忘れて、彼女は眼の前の勝利の光景に心奪われた。「これじゃ、私たち必要ないかも……」
 鎮魂の祈りを唱え終えたアシュレイが剣を鞘に収めて、戻ってきた。
「よくやったな、アシュレイ」
「ああ、リュートにほとんど任せた感じだけどね」
 首筋の汗をぬぐいながら、彼は草原の北のかたを見晴るかした。
「それにしても、こんな南まで魔王軍が来ているとは」
「これから行くパロスの町は陥ちてしまったのかしら」
「いや、こいつらは街道沿いに降りてきたんじゃない。おそらく海から上がってきた。装備の様子からすると、偵察隊というところだろう」
 アシュレイは話しながら、敵の死体のそばに屈みこんで熱心に何かしているリュートをいぶかしげに振り返った。
「リュート、何してるんだ?」
「あ、ああ、何かめぼしいもの持ってねえかと思ってな」
「え?」
「知らねえのか? 魔王軍の中には、けっこう光り物で飾り立てるの好きな奴らがいるんだぜ。士官用のバッジなんて純金だしな」
 と立ち上がって、手の中の宝石や金属をじゃらじゃら鳴らしてみせる。
「ま。今日はこんなとこかな」
「お、追いはぎ……」
 思わずそう口走ったアローテはあわてて、神に許しを請うた。
「俺のいたサキニ大陸じゃ、魔物を金に換えてくれるギルドもあるんだけどな。ここにはそんなもんねえみたいだし」
「おまえ、まさか!」
 ギュスターヴは食ってかかった。
「俺たちにまとわりついてくる理由は、まさかそれじゃないだろうな!」
「えっ、何の話だ?」
「ほんとうは、俺たちといっしょに魔王軍を倒して、金目のものを……もがもが」
 彼はアシュレイとアローテに取り押えられて、口をふさがれた。
「やめなさいってば、ギュス! いくらあの人でも、そんな非道いこと考えてるわけないでしょう?」
 いや、奴なら考えかねない。
 ギュスターヴは心の中でそう叫んだ。




§2につづく


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