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The New Chronicles of Thitos

新ティトス戦記


Chapter 32



 トスコビ港の主桟橋には、五隻のテアテラ帆船が次々と横付けされてゆく。さらに、帝国の手配した民間船数隻が、沖合いに待機している。
 エリアル以下、帝国軍の見守る中で、貨物の搬入作業が開始された。
「余分な荷は捨ててもらいたい。さもないと、これだけの荷と人員を一度に運べば、最新式の蒸気機関船とて沈没するぞ」
「ご心配には及びません。荷と言っても、ほとんどが女王の身の回りのもの。さして重さがあるわけではないので」
 転移装置の搬入だけは阻止したいというこちらの思惑を、ユーグも感づいている。
 このままでは、二百人以上の近衛兵団と数千の兵、召喚獣を無尽蔵に呼び寄せる転移装置をラオキアに無傷で送り出すことになる。単に『後顧の憂い』というには、あまりに大きな禍根を、将来に残すことになりはすまいか。
 だが、トスコビ市民たちが目の前で人質とされている現状では、奴らの言いなりになるしかない。地団駄を踏みたい思いで、エリアルはただじっと耐えるしかなかった。
 ジュスタンは彼女のそばにいて、一瞬たりとも貨車の転移装置から注意をそらしていない。最後の最後まで諦めずに、好機の到来あれば、魔法剣で破壊するつもりだ。
 彼がレイアに間近で会っても全く取り乱さなかったことに、エリアルは大きな安堵を感じていた。それは秘かにずっと恐れていたことだったからだ。
 どんなに強く愛を交わしても、レイアに会ったとたんジュスタンは彼女の虜にされてしまう。それほどの美貌と魔力を、レイアが持っていることを認めないわけにはいかなかった。
 ルギドは、一度激情を露わにした後は、ただ黙してレイアを見つめたまま立っている。
 果たして彼は今、どんな思いでいるのだろう。彼の妻だった白魔導士アローテは、慈愛に富み、考え深く、慎ましい女性だったと伝えられている。この目の前にいる、愛らしくも残虐な暴君とは、あらゆる点で違っている。
 それでも、ルギドはレイアを愛しているのか。顔が同じというだけで愛せるのか。
 愛しながら、その相手を同時に憎み、戦うことはできるのだろうか。
 不条理な悲しみに襲われ、エリアルは心を落ち着けようと努めた。
 思いは再び、去ってしまったラディクに戻っていく。
 彼ならば、精神を操られたトスコビ市民たちを、勇者の剣の力で解放してくれるだろう。
 それだけではない。ラディクだけは、レイアの魅力にも惑わされずに自分の意志を貫ける。どんな状況の中でも、嘲り笑いながら、茶化しながら、冷静に判断を下すことができる。
 どんな危険な谷底でも、軽業師のように、いともたやすく跳び越えることができるだろう。奔放に、エリアルが決して触れたこともない自由の風に乗って。
(私はいつのまに、これほど強い信頼をラディクに置いていたのか――ジュスタンやルギドに寄せるものとは、まったく異なる種類の信頼を)
 突如として自分の迂闊さに気づいた者のように、エリアルはうろたえた。
(……いや。だとしても、どうにもならぬ。ラディクは私を憎んでいるのだ。すでに帝国に与することを止め、去って行ってしまったのだ)
 心に奇妙な空洞が穿たれた心地がして、エリアルは思わず涙ぐみそうになった。
(ラディクの歌が聞きたい)
 それは、飢えにも似た願いだった。
(私を罵る声でもいいから、もう一度聞きたい)
 転移装置を含むすべての荷積みが終わると、テアテラの主戦艦が横付けされた。
「レイアさま。ご乗船を」
 ユーグが差し伸べる手につかまり、年若き女王はルギドやジュスタンに妖艶な笑みを残すと、踵を返した。
「待て!」
 エリアルがその後姿に叫んだ。
「トスコビ市民をどうするつもりだ。こちらが条件を飲んだら彼らを解放すると、約束したではないか」
 群集が追い立てられるようにして、桟橋から移動を始めるのが見える。
「ここで解放する、とは申しておりません」
 ユーグは、灰色の凍てついた瞳で振り返った。
「解放する時期と場所は、こちらが判断します。とりあえず彼らには、ラオキアまでついてきてもらいましょう」
「卑怯な」
「そうしなければ、あなたがたは、出航した私たちに一斉砲撃を仕掛ける恐れがあります」
「そんなことはせぬ。皇女の名に懸けて、おまえたちをラオキアに無事に送り出す」
「相手の約束が信用できるくらいなら、そもそも戦争など起きてはいません」
 小ばかにしたような調子でエリアルの言葉を退けると、ユーグはレイアを主戦艦へと導いていった。
「ルギド」
 レイアは背中越しに、微笑みを含んだ声で言った。
「待ってるから、早く来て。――うんと無様に殺してあげるから」
 女官や近衛兵たちと合流したテアテラ女王の一行が堂々と桟橋に向かうのを、大勢の帝国兵たちは歯ぎしりしながら、為す術もなく見つめている。
 万策尽きて空を見上げたエリアルは、港の景色が不思議な色に染まり始めたのに気づいた。
 いや、実際は何の色にも染まっていなかったかもしれない。空気が震えているのだ。見る者によって、それが光の乱反射となって見えたのだろう。
 訳もわからぬまま、心臓が激しく打ち始めた。空気を震わせているものの正体が歌であることを知ったのは、その後だった。

 おまえを慕い求める
  俺の叫び
 風に混じる 俺の吐息
  空は鏡となって 心を映す

 俺が生きているのは、おまえのため
  おまえの体に血を与えるため
 生命の魔法と力に 満たすため

「ラディク……」
 エリアルの全身に熱いものが巡った。これは歌ではない。少なくとも、今までのラディクの歌ではない。
 まるで、心と心が直接触れ合っているようだ。
 桟橋や搭乗階段に夢遊病者のように立っていたトスコビ市民たちの目に、みるみる生きている者の光が戻った。
「おい、わしらはどうして、こんなところにいるんだ」
「きゃああっ。助けて。落ちる!」
「テアテラ軍だぞ、逃げろ」
 群集が正気づいたことを見て取ったルギドは、
「ジュスタン!」
 デーモンブレードを鞘から放ち、一気に走り出した。
『燃え立つ炎よ。キル・ハサテの水を焼き尽くし、エウリムの川を焦がせ』
 炎の呪文を唱えたジュスタンは、水晶のレイピアを握りしめ、その後を追った。その刀身はたちまち赤い炎に包まれた。
 ルギドは、主戦艦の回りに陣を組んだ近衛兵の中に、ただひとりで突っ込んでいく。その脇をジュスタンがすり抜け、転移装置が積まれたテアテラの戦艦を目がけ、走った。
 目的の船はすでに桟橋を遠く離れ始めていた。飛び移るには、もう間に合わない。
『ギゼルの神殿に煌く金剛石、アル・ウリヨンの風の流れに乗って、彼方の国へ運ばれよ!』
 轟音とともに風の渦が起こると、その中心に向かって、炎の剣を振るった。
 炎を巻き込んだ竜巻はまっしぐらに、そして狙いあやまたず、出航したばかりのテアテラ船の側壁にぶつかった。
 さらに、もう一度。
 帆船は、めりめりと音を立てたかと思うと、耳を聾するような爆発音とともに、内部から火を吹き上げた。
 中央でふたつに折れた船は、海上に激しい水しぶきを残して、沈んでいった。
 水面には渦が巻き起こり、ロープなどの船具や木っ端を吐き出した。
「やったあ、ジュスタンさん!」
 近衛兵団の攻撃をひとりで阻んでいたルギドの耳に、ゼルの甲高い声が響いた。
 港の倉庫の屋根の上で、ゼルがぱたぱたと誇らしげに、翼を打ち叩いている。
 そして、その横には、竪琴を弓に持ち替えたラディクが、素早く矢を番えては、敵の頭上に雨のように降らせていた。
 エリアルはと見れば、ヴァルギス将軍と兵たちを率いて、トスコビ市民の救出に奔走していた。さきほどの爆発のショックで、驚いて桟橋から海に落ちたり、船から飛び降りたりした者たちが何人もいたのだ。
 ルギドは満足気に笑うと、ふたたび目の前の戦いに没頭した。


 トスコビ港の攻防戦は、こうして幕を下ろした。
 結局、戦闘から逃れて出航できたのは、テアテラ軍艦二隻のみ。レイアとユーグと、百人ほどの近衛兵や女官たちだけだった。
 それ以外の近衛兵団は彼らの出航の時を稼ぐために最後まで抵抗し、ある者はルギドたちの刃に斃れたが、そのほとんどは生きて捕らえられた。船に乗り込む暇すらなかった残りの魔導士軍は、そのまま投降し、帝国の捕虜となった。
 そして、戦いを終えた五人は、港前広場に集結した。
 ルギドは、ラディクを間近で見るなり、ものも言わずに抱きしめた。
「お、おい。何するっ、放せ!」
 なぜか真っ赤になって暴れるラディクに、
「うれしいくせに、何言ってるんだか」
 ゼルは、彼らの頭上をうれしげに飛び回る。
「お帰り」
「待っていたぞ」
 ジュスタンとエリアルも、満面の笑みで迎える。
 ルギドは、ラディクの耳元に口をつけると、低い声でささやいた。
「この馬鹿。あまり、心配をさせるなってんだ」
 その声にこめられた息子に対するような深い愛情に、ラディクは返事のことばを失った。
 ようやく抱擁をほどいた魔族の王は、今度はゼルに向かって手を差し伸べる。
「ゼル。よくやった」
「ご命令を果たせて、うれしゅうございます」
 従者はうれしげに、そしてちょっぴり名残惜しげにラディクを振り返りながら、主の肩へと戻った。
「これで、何もかも元通りだな」
 エリアルが感無量の面持ちで言うと、ゼルが不服そうに言った。
「でも、またレイアたちを逃がしちゃいました」
「よいのだ」
 彼女は微笑んだ。「私は、彼らをラオキアに送ると約束した。帝国の皇女は約束したことを必ず守る」
「相変わらず、甘っちょろいことを言うヤツだ」
 溜め息をついたラディクに、エリアルは声をあげて笑った。
「そのことばが聞けて、満足だ」
「なんだよ。それ」
「声が出るようになったのだな。どうやって治した?」
「まあ、話すと長くなるから、やめておく」
 ラディクは照れくさげにエリアルから顔をそむけ、丘の上の本陣へと歩き始めた。
 その前では、ルギドとジュスタンが並んで、にぎやかに話している。
「魔法剣の上に、さらに魔法を乗せるとはな。そんな非常識なことを、どうやって思いついた」
「それが、咄嗟だったので、よく覚えていません」
「今度、俺とおまえの魔法剣を掛け合わせたら、どうなるか試してみるか」
「む、無理です。死んじゃいますってば」
 エリアルは彼らの後姿に目を細めながら、ぽつりと呟いた。
「ふたりとも、無理をしているな」
「え?」
「彼らは今、レイアと相見えたばかりなのだ。戦う一歩手前で、また遠くに逃がしてしまった。内心はおそらく、穏やかではないだろう」
「……だからわざと陽気なふりをしていると」
 彼らの最後尾について歩きながら、ラディクはもう一度新しい目で仲間たちを見た。
 血のような夕焼けが、彼らの体を包んでいる。そしてそれはそのまま、これから彼らに訪れる運命なのだ。
 北の果て、ラオキアですべての戦いが終わる。
(俺にしかできないことが、あるかもしれない。このティトスで、俺にしかやれないことが)
 ラディクは、静かに強く拳を固めた。


 ようやく喧騒が鎮まった野営地の真夜中、ルギドは若者たちを自分の天幕に呼び集めた。
 分厚い織物の上に肩肘をついて寝そべっていた王は、あくびばかりしている吟遊詩人をからかうように見つめた。
「ラディクがついに、自分に嘘をつくのをやめたようだ」
「へ?」
「だから、俺も真実を話そうと思う」
 起座するとき、長い銀色の髪が揺れて、天幕の床にすとりと落ちた。差し向かいにいる三人も、あわてて居住まいを正した。
「何度も訊かれたことがあったな。召喚獣にどこで会ったのか。なぜ奴らの名を知っているのか」
「ああ」
 エリアルが相槌を打った。他のふたりは無言のままだ。
「俺は一万年前、【畏王】という名前で、このティトスに生を受けた」
 ルギドの瞳が、暗い色を帯びた。このことを話すには、思い出したくない過去の罪、汚濁にまみれた記憶と戦わなければならない。
「畏王はティトスのすべての生命を憎んだ。だが、最初からそうだったわけではない。奴が憎んだのは、父王と自分を疎んじた同胞だけ。都で怒りにまかせて手当たり次第に破壊を行なった後は、祖国を離れ、あてどもない旅に出た。自分を受け入れてくれる場所を探すために。だが無論」
 彼は自嘲するような笑みを漏らした。
「近隣と長い間戦争状態にあった祖国の回りに、そんな場所があるはずもない。畏王は捕らえられ、異次元の牢に精神のみを封じられ、肉体は百年の間、アスハ大陸の西方神殿に安置された――ということになっている」
「なっているとは?」
 ラディクが即座に聞きとがめた。
「ジュスタン」
 ルギドは、黒魔導士に顔を向けた。「ギュスターヴは何と言っている? 精神のみを異次元に封じる魔法とは、どんなものか」
「わかりません」
 ジュスタンは戸惑いながら首を振った。「『一万年前に畏王を異次元に封じた魔法は、手を尽くして探したが、いまだ発見されていない』――【大魔導士の書】には、そう書かれてありました」
「そのとおりだ」
 魔族の王の口元に、冷ややかな笑みが刻まれた。
「そんなものは初めからない」
「ない?」
「封印を解き、畏王を復活させるためには、四つの神殿の守護者を倒すこと。そうすれば、畏王は異次元の牢獄から出られる――そんなものは、誰かが作りあげた、まことしやかな嘘だった。実際に存在したのは、生命を仮死状態に置く呪文、【イリブル】だけだ」
 ルギドの脳裡には、千年前の新ティトス帝国前夜の冒険が、走馬灯のように流れている。アシュレイとギュスターヴとアローテ、ジルとリグ、そしてゼダ。彼らとともに大地を駆け巡ったなつかしい日々。
 あの命を賭けた戦いは、何者かの欺瞞の筋書きに導かれたものに過ぎなかったのだ。
「では、畏王は本当は囚われてはいなかった、ということなのか」
 事の次第をつかみかねているエリアルは、戸惑うように言った。
「いや、囚われてはいた」
 ルギドは答えた、「だが、異次元の牢獄などではない。このティトスと同じ世界――ティトスの南に広がる広大な世界に移されただけだ」
「黄金竜が住んでいるという、あの場所ですか」
「そうだ。百年のあいだ、畏王はそこに収容されていた。【イオ・ルギド】とは、そこで【奴ら》からつけられた名前だ。おまえたちが【召喚獣】と呼んでいる生物――竜や他の【実験体】と出会ったのもそこだった」
「【実験体】?」
 そのことばは、ルギドと黄金竜との会話でも聞いたことがあった。
「【奴ら】はそこで、生命の合成の実験をしていた。そうやって作られた【実験体】は、ときどき転移装置を使って、【牧場】で放し飼いにされた。ベヒーモスも竜も、初めはそうやってティトスに送られてきた生物だった」
「……」
「ティトスとは」
 ルギドの見えぬ瞳が、そのときだけ紅いガラスでできた作り物めいて見えた。
「【奴ら】のことばで、【牧場】という意味だ」


 頭が空回りしている。
 聞いたことばを、頭が信じないのだ。ただ、咀嚼せずに飲み込むだけ。
 ルギドは、そんな彼らの様子にも全く頓着せずに、話し続けた。
「百年囚われたあと、畏王は【奴ら】の隙をついて、転移装置を使って逃げてきた。このティトスには、四つの転移装置が配置されている――それぞれの大陸にひとつずつ」
 ルギドは記憶をたどるために、息を継いだ。
「サキニ大陸の転移装置は、ガルガッティア城の地下に。これは、ついさっきジュスタンが海に沈めたものだ。エルド大陸は、テアテラ王都近くの【結界の塔】が、そもそもの置き場所だった。その後テアテラ王宮に移され、王都陥落のとき俺が破壊した。ラダイ大陸での置き場所は――どこだか、俺も知らぬ。聞いたことがない。必ずあることは間違いないのだが」
 そのとき、ラディクが小さなうめき声を上げた。だが、他の者が振り返ると、咳払いで誤魔化してしまった。
「そして、アスハ大陸は【西方神殿】。そこにも一万年前には転移装置があった。畏王はそこから送られ、再びそれを使って逃げてきた。戻ってから、明確な意思をもってティトスの全生物を殺戮し始めた」
「なぜですか。あちらの世界でいったい畏王に何が」
「わからぬ」
 ルギドは疲れ果てたように、首を横に振った。
「すべての畏王の記憶が俺に開かれているわけではない。だが奴はそのときに、このティトスを破壊せねばならぬと思い込んだようだ。ただ狂気に駆られてのことだったのかもしれぬが」
「本当だろうな」
 懐疑的に、ラディクが言った。
「また肝心なところだけを、隠そうとしてるんじゃないだろうな。俺たちに知られたくない何かを」
「本当だ」
 ルギドは、口元を緩めた。「今のおまえたちに隠すことなど何もない。本当に俺にはわからないのだ」
 ふたりの紅い目が放つ視線が、しばらく交差した。
「わかった。一応は信じてやる」
 ラディクは根負けして、肩をすくめた。ことばとは裏腹に、信頼のこもった口調だった。
「いったい、【奴ら】とは誰なのだ」
 エリアルは悔しげに言った。
「この大地を【牧場】などと名づけ、生命の実験まで行なう者とは、いったいどんな存在なのだ?」
「見かけは、人間によく似ていた」
 ルギドは、嫌悪をにじませた口調で答えた。「だが――ティトスの人間とは決定的に何かが違っていた。年も取らず、男女の区別もない」
「まるで、教会の絵本に出てくる【天使】のようだな」
 ラディクが、からかうように言った。
「確かに。当時の人間にとっては、天からの使者に見えたかもしれぬな。畏王のせいで絶滅に瀕していた人間に、魔法を教えたのも奴らだ」
「彼らが、人間に魔法を?」
 ジュスタンは驚愕のあまり、しばし放心している。
「……そういうことか。竜が話すのが魔法の根源なることばだとしたら、竜を作り出した者たちが魔法の創始者であるのは当然だ」
「まったく、訳がわからない」
 ラディクが苛立たしげに叫んだ。
「聞いてても、さっぱり話が見えてこない。いったい奴らは、ティトスの味方なのか、敵なのか。ティトスを救おうとしているのか、滅ぼそうとしているのか」
「それは、俺にもわからぬ」
 ルギドは、沈鬱な面持ちで答えた。
「だが、召喚獣を自由に手に入れられるということは、テアテラは今、奴らと与しているということになる」
「えっ」
「おそらくは前の摂政、クロード・カレルの時代から」
「父が摂政……の時から」
 ジュスタンの隣で、エリアルがはっと顔を上げた。
「ルギド。西方神殿にあったという転移装置は、今はどうなっているのだろう」
「初代皇帝アシュレイの治世のときに大々的に発掘をしたというから、とっくに掘り出したんじゃないのか」
 【アローテの手紙】に書いてあったことを思い出して、ラディクが言う。
「いや。その発掘で発見された遺物は、パロスの博物館にすべて展示されている」
 エリアルは確信をこめて、言った。
「だが、転移装置に似たものなど、記憶にはない。一万年前の地層は、今の地面より二十メートルも下だ。当時の市街地の址が何キロ四方に渡って、すっぽりと氷河に埋もれている。千年前の技術では、その全てを発掘できたわけではないと思う」
「ガルガッティアの転移装置を失った以上、テアテラは全力をあげて、それを探そうとするだろうな」
「当然、そのつもりだろう」
 ルギドは答えた。「そうなる前に、俺たちも一刻も早くラオキアに渡らねばならん」
「だが、いったん軍を本国に引き揚げる必要がある。今のこの状態での転戦は無理だ」
 エリアルが渋い表情で、目をしばたいた。
 投降したテアテラ軍団が、目下皇女の悩みの種となっている。彼らは、糧食も持たずに傷つき、飢えきっていた。八千もの捕虜を押しつけられた形になり、帝国軍は容易に動けなくなっているのだ。
 兵を養う糧食が尽きたテアテラにとって、これこそが帝国への最大の攻撃であったということか。帝国に対して、船だ食糧だなどと過大な要求をする一方で、実はあの抜け目のない摂政は、初めから軍団を切り離して置いていくつもりだったのか。
 そうだとすれば、見事にその策謀にはまり、帝国軍は身動きできなくなっている。
「それに、トスコビ市民たちも放ってはおけぬ。怪我人も多く、街中いたるところが破壊され、テアテラの略奪を受けている」
「それについては、問題はない」
 ルギドは平然と返した。
「ペルガ選帝侯がパロスから到着するころだ――大量の物資とともに。トスコビとペルガ全体の復興は、奴に任せればよい」
「えっ」
 三人の若者たちは唖然とした。いつのまにルギドはペルガと通じていたのだ?
 選帝侯会議の詳細を彼に教えていたのは、もしやペルガ選帝侯だったということだろうか。
「捕虜としたテアテラ軍の解体と移送は、オブラに任せる。テアテラ本国では、すでにエグラが彼らの受け入れ態勢を整えている」
 わずか数時間前に戦闘が終わったばかりなのに、ルギドはそれだけ数多くの命令を下していたのだ。結果が出る前にあらかじめ準備を始めていたとしか思えない。
 あらためて彼らは肝に銘じた。王たる者とは、あらゆる状況に対処するために、あらゆる選択肢を用意するものなのだ。
「だから、俺たちは」
 ルギドは矜持に満ちた笑顔をもって、彼らを見渡した。
「何も憂うことなく、直ちにラオキアに出発する」
 






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