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新ティトス戦記 Prologue |
深き海神【わたつみ】の底 おのが胸 黒き剣の鞘となし 幾千歳【いくちとせ】 ただよう 銀の髪 ゆらゆらと 蒼く ただ静かに 「姫さま、やっぱりやめましょう!」 人が近づいてくる気配に、口をつぐみ竪琴をかき鳴らす手を止める。 岩に両脚を垂らして座っていた少年は、帽子のつば越しにちらりと見下ろした。 「いや、私は行く」 崖に向かってずんずんと歩いていく騎士。サークレットでまとめていた金髪の房がひと筋、きらきらと肩にこぼれ落ちた。男のなりはしていても、その髪と丸みのある声が少女であることを告げている。 そのうしろに付き従う背の高い少年は、赤茶色の髪をなびかせ、魔導士のローブをまとっていた。 「これしか方法はない。おまえもわかっているだろう」 「ですが、危険すぎます。相手は魔王の魂を内に宿した魔族なんですよ」 「だからだ」 悔しげに少女は唇を噛む。 「そんな者でも味方につけねば、……帝国は滅びてしまうかもしれんのだぞ」 「……もうしわけありません」 「無闇に謝るな。テアテラに起こったことは、おまえの責任ではない」 「おまえたちも、封印を解くために来たのか」 突然降ってきた声に、ふたりははっとして高い岩を振り仰ぐ。 「そなたは……」 「俺のことなど、どうでもいい。質問に答えろ」 吟遊詩人の帽子をかぶった少年は、一息に飛び降りると彼らに近づいた。 警戒して杖を構えようとする魔導士を、少女騎士は片手で制した。 「確かに、この海の底に眠る【封じられし者】の封印を解くために、私はここに来た。皇帝の勅命。邪魔だてすれば、容赦はせぬぞ」 「邪魔するつもりなどない。俺も同じ目的で来たんだからな」 「なに?」 「ただし、言っておく。封印の剣はおまえには抜けないぞ。たとえ初代皇帝アシュレイの直系の子孫、第一皇女のおまえでもな」 目深にかぶっていた帽子を取る。少女は彼をじっと見つめ、はっとしたように一歩退いた。 「そなたの瞳……、まさか」 「手を組まないか。そこの魔導士、生命封印呪文【イリブル】の解呪法を知っているんだろう?」 「なぜ、それを……」 「世界中まわって、全部調べたんだよ。解呪法のことも、それを唱えることのできるただひとりの魔導士が、ギュスターヴ・カレルの子孫だということもな」 ふたりの驚愕の視線を浴びたまま、彼は潮風になぶられる黒髪をうざったげにかきあげ、振り向いた。 「いよいよ、その時がきた。……あの黒い剣を引っこ抜く時が」 崖に立ち、波打つ海面の底を見透かすように少年は目を細める。 「もうすぐ自由にしてやるからな。なあ、ご先祖さんよ」 その目は、紺碧の海を映しながらなお強く、紅蓮の炎の色に染まっていた。 このプロローグは、当初「ティトス戦記外伝X」として発表していたものです。 「喫茶吾眠」のとっとさんにいただいたCG「墓標」に強く触発されて書いたという経緯があります。そのときの裏話も合わせてご覧ください。 →→ ギャラリーいただきもの「ティトス戦記・墓標」 |
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