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Episode 2 |
「へっへっへ……。ついに回ってきたか……」 恒輝はうつろに笑うと、背中を丸めて 蝋燭の上にかがみこむように座った。 「俺の話も血も凍るほど恐いで……。題して、『恐怖の味噌汁』 や」 一同、沈黙。 「……それ、『今日、麩(ふ)の味噌汁』 ってヤツやないやろね」 「……」 図星、か。 「……と思ったが、この話はやめとこう。あらためて、今度は……『悪の十字架』 」 「それって、もしかして、『開くの、10時か』 ってヤツ?」 一同、絶句。 「なんで知っとるんやーっ。円香!」 「誰かて知っとるわ! ボケ!」 みんな、大笑いになった。 「恒輝……。おまえ、もしかして、すごい恐がりか?」 父が笑いころげたすえ、涙を拭きながら尋ねた。 「ジョークで、怖さをごまかそうとしてるんか」 「実は、そうなんや」 恒輝はすねたように、膝を抱え込んだ。 「俺……、ほんと言うと、すげえ霊感体質なんや。墓場の前を夜なんか通ると、必ず見とうないもん見てまうんや……」 「へえっ?」 「去年の冬も、うちの近くの墓場で見てしもた。戦時中の防空頭巾とモンペ姿の母子……。 空襲で爆撃にあったらしくて、顔も手足も血で真っ赤で……。子どもが『痛い』って泣きながら、俺に近づいてきた。 俺はあわててその場を逃げ出そうとしたけど、足がすくんで動かない。 そのうち、めずらしく雪が空から降ってきた。それが、全然白くない。その母子の流している血と同じに、真っ赤なんや。 その真っ赤な雪が俺にふりかかり、俺の頭から肩から、真っ赤に染め始めた。 俺は『うわあっ』 とありったけの声を出しながら、ようやくころがるようにその場を離れた。 ちょうど道の向こうから、煌煌とヘッドライトを点けたタクシーが走ってきた。 俺はその前に飛び出すと、両手を振ってタクシーを止めた。 タクシーの運転手は、中年の男やった。顔や服を真っ赤な雪で濡らしている俺をいぶかしげに見て、乗車拒否しようとした。 俺は必死になってドアに飛びつき、こじ開けるようにして中に飛び込んだ。 『お願いです。早く、どこでもいいから、出してくださいっ!』 俺が半泣きになりながら叫ぶと、運転手は前を見ながら、めんどくさそうにポツリと言った。 『……どこへ、ゆきまっか?』 」 「……」 ……やられた。 途中まで、本気で聞いていた自分が悔しい。 「さぶい……。寒すぎる……」 「まあ、ええやろ。納涼大会なんやから、寒い話で盛り上がるのも」 自分で蝋燭を消すと、恒輝は鬼の首でもとったように、ずっこけている一同を見渡して笑った。 確かに話自体はしょうもなかったけど、そのおかげで、道場によどんでいた瘴気みたいなものが消え去った。 一同、少し生き返った気分で、誰ともなく深呼吸した。 「あーっ。せっかくの雰囲気が台無しやっ」 父は少しむくれた駄々っ子のように叫んだ。 「ディーター。口直しに一発すげえ怖いのを、やってくれ」 ディーターは、私が心配になって思わず顔を見るほど黙り込んでいた。 「俺は……、勘弁してください」 「なんや。ネタがないんか」 「あるけど……、話してはいけない、と言われてる……」 「おっ。なんかおもしろそうな前振りやな。そういう本格的なのを待ってたんや」 「どうしても聞きたいですか? ……本当に何が起きるかわからない」 「ええから、話してみろ。何が起きても、俺が責任をもってやる」 父のことばを聞いた彼が、固く握っていた拳を緩めるのが、見えた。 鎧戸を上げた窓の格子から風がすっとふきこんで、道場の空気を動かし、蝋燭の炎を揺らした。 まだ、俺がヨーロッパのあちこちを回り始めたばかりのとき。 金を使い果たし、いったんケルンの家に戻ることに決めて、フランクフルトからライン川ぞいにヒッチハイクで帰ることにした。 マインツ、ビンゲンと最初は順調だった旅も、コブレンツを過ぎたところで自動車を降ろされてからは、不思議なことに車1台見かけることはなくなってしまった。 夏なのに凍えるような夜が迫ってくる中、しかたなく北を目指して歩き始めて数十分したとき、ライン川の岸に古い城がそびえ立っているのが見えた。 そういう古城には、たいてい観光客がいるから、誰か近くの街まで乗せてくれる人が見つかるはず、少なくとも電話くらいは借りられると思って、ためらわず城までの急な道を登り始めた。 だけど、その城には人影は見当たらなかった。 城というよりむしろ廃墟で、壁もあちこちが崩れ落ちていた。 管理人がいるだろうと探しても、見つからない。 がっかりして立ち去ろうとしたとき、ふと地下に通じる木の扉が半分開いているのに気づいた。 ライターを点けて中を覗くと、向こうにうっすらと明かりが見える。 誰かがいるんだ、とそのときの俺は疑いもせず中に入った。 地下からの階段を昇り、重い戸を開くと、そこは黴臭い匂いが立ち込めていたけれど、壁にはたいまつが燃え、赤い絨毯の上には埃だらけの家具があり、壁には大きな鏡がかけてあった。 鏡に近づいて見ると、縁飾りもぼろぼろで、鏡の面にも黒いサビが浮き出て歪んでいて、ほとんど姿を映すことさえできないような古いものだった。 それでも、俺は何かの魔法にかかったように、その鏡を覗きこんだ。 突然その汚れた鏡の面が、水のように揺れたかと思うと、中から人の手が出てきて、俺の腕を掴んだ。 『ついに、捕まえたぞ。300年間待って、とうとう代わりの人間を見つけた』 太い男の声が中から聞こえた。俺は悲鳴を上げて、その手を振りほどこうとした。 『もう逃げられない。おまえは今から私の代わりにこの鏡の中に入るのだ。 これは悪魔の呪いのかかった鏡。いけにえにされた人間の魂を引きずり込み、永遠に食らう。 代わりのいけにえを捕まえたとき初めて、鏡の中から、永遠の呪いから解放されるのだ』 俺は、恐怖に震え、懇願した。 見逃してください。お願いです。俺には2年間の記憶しかない。それも、ずっと病院の中だった。 やっとこれから世界中を見て回ろうと決めたのに、こんな狭い鏡に永遠に閉じ込められるなんて、ひどすぎる。 せめて、あと1年だけ、旅をさせてください。 鏡の中の男は、俺に同情したようだった。 『旅を終えたら、ここに戻ってきて、俺の代わりに鏡に入るというのだな』 わかった。1年の猶予を与えよう。300年待ったのだ。1年待つことなど容易い。 だが、約束を破るな。もし1年たって、おまえが戻ってこなかったとき、悪魔の呪いはおまえの最も愛する者にふりかかる。 気がついたとき、俺はいつのまにか、その城の外の暗闇の中に立っていた。 そこから、どうやって近くの町に辿り着いたのかわからない。夢を見ていたような気さえしていた。 ふと心にずるい考えが浮かんだ。 あの城に絶対に近づかなければいい。約束など守る必要はないんだ。 それっきり、古城のことも、鏡のことも忘れてしまった。 そのときから3年半たって、今年の3月。 円香と俺は、ケルンで結婚式をあげたあと何日かして、車を借りてふたりでライン川沿いに観光に出かけた。 オーバーヴェーゼンで車を止め、船に乗ってローレライの岩や古城を見ながらカウプまで行き、食事をしたり買い物をしてから、またオーバーヴェーゼンまで戻ったときは、もう夕方近くなっていた。 天気が崩れ始め、川沿いに靄がかかり、俺たちは急いでケルンまで戻ることに決めた。 日没までだいぶあるのに、もうあたりは薄暗い。 コブレンツのあたりを通り過ぎた頃、円香が車の窓の外を指差した。あそこの丘のお城に最後に行ってみない? 見ると、行きには全く気づかなかった灰色の城がある。 この手のこぎれいな城は、ホテルかレストランになっていることが多い。1時間以上車に乗って、ふたりとも疲れて喉が乾いていたし、コーヒーでも飲もうと、車を止めてその城に向かった。 だが、近づいてみると、それはふもとから見たのとは全然違っていた。 あちこちが崩れかけている。入り口に小屋があって、受付にパンフレットもあり公開されているらしいが、誰の姿も見えない。 円香は、管理人を探しに小屋の後ろやあちこちを捜し始めた。 俺は反対の方を捜してみることにした。 見ると、城の建物の通用口が開いている。柵が打ちつけられているはずなのに、それも外れている。 そっと中に入ってみた。そして、全身の血が引いていくような気がした。 そこは、3年半前逃げ出した部屋だった。赤い絨毯も、燃えているたいまつも、家具の位置さえもが全く変わっていない。 そして、壁の大きな鏡も。 『待っていたぞ』 あの、聞き覚えのある太い声が鏡の中から聞こえてきた。 『おまえは、約束を破った。1年たってもおまえは戻ってこなかった。警告したとおり、おまえの代わりにおまえの愛する者をいけにえとして捧げてもらうぞ』 俺は声をあげようとしたけれど、口がからからになって、舌がはりついている。 外で、円香が俺の名前を呼びながら、近づいてくる気配がする。 とっさにそばにあった椅子の脚を掴んだ。そして、ありったけの力で鏡に叩きつけた。 古い茶色の鏡は無数の破片になって、こなごなに砕け散った。 その破片のひとつが、俺の手の甲をかすめて、細い血の筋を残した。 『おのれ。よくもやってくれたな』 その場を逃げ出した俺に聞こえてきたのは、先ほどまでの男の声ではなく、低く脳に直接話しかけてくるような、圧倒的な力を持つ者の声だった。 『これで俺の呪いを打ち破ったと思うな。その手の傷から、俺はおまえに入りこんだ。 おまえがたとえ、世界のどこに逃げようと、新しい呪いがおまえにつきまとう。 どんなにおまえが拒否しても、必ずこの話を求める者がおまえのそばに現われる。 そして、その者がおまえの最愛の人であろうとも、おまえは自分の手でその者を殺して、その心臓を俺にいけにえとして差し出すことになるのだ。』 「……ということは、つまり……」 父は、不精髭をはやした顎を撫でた。 「おまえに無理やり怪談をさせた俺が、その呪いの犠牲者になって、おまえに殺されるということ、か」 ディーターは、ふふっと小さく笑って、うなずいた。 「怖わあ。あんたの話、めっちゃ怖いわ」 「西洋の怪談って、また独特の怖さがあるな」 「いいぞ。ディーター」 父のわがままに振りまわされっぱなしの一同は、娘婿のささやかな逆襲にすっかり溜飲を下げていた。 「ごほっ。ごほっ」 ディーターのそばに近づいて蝋燭を吹き消すとき、さすがに気味悪そうにへっぴり腰だった父は、咳でごまかすと私に向き直った。 「次、円香。もうその次は俺か。けっこうあっという間やったな。」 「私の話も短いよ。10秒で終わってまうくらい」 「なんや。それ、また、駄洒落と違うやろな」 「違うって。私の子どもの頃の話」 私は、芝居っ気たっぷりに、ゆっくりと右手の指を4本立てた。 「私は幼稚園のころまで、私には、伯母さんが4人いると思っとった」 「えっ?」 「死んだお母さんが、私が小学校のとき話してくれた。自分ではすっかり忘れてるんやけど、ある日幼稚園から帰って言うたんやて。 葺石のうちには、4人伯母さんがいるねんなって。 え。3人しかおらへんで、ってお母さんが不思議に思って聞くと、 『だって、藤江伯母ちゃんやろ。東京の多賀子伯母ちゃんやろ。カナダに行ってる芳美伯母ちゃんやろ。それからいつも、仏さんの部屋におる、白い着物着た伯母ちゃん』」 「……」 「今はもう見えへんけど、小さい私には見えとったんやろなあ。その白い着物の女の人が」 「そう言えば、おかあちゃんが私らが小さい頃、言うとったわ。この家の仏間には座敷童子がおるって」 藤江伯母さんが腰を浮かしながら、素っ頓狂な声で言った。 「そりゃあ、おるやろ。こんだけ古い家やねんから、幽霊のひとりやふたりは」 平然と呟く祖父に、全員の毛が逆立った。 「よっしゃ、今から仏間に探検ツアーや!」 「やめてくれぇ、おじさん。心臓つぶれてまう」 「根性ないやっちゃな。まあいい。来年の楽しみにとっとこう」 父は、私の前の蝋燭をふーっと念入りに吹き消すと、 「さて、最後の一本になった」 と、一同を見渡した。 「俺の番やな。俺はみんなも知ってのとおり、無神論者や。魂も、死後の世界も信じとらん」 「それやったら、なんで怪談ごっこなんかすんの」 「これは、純粋な心理学的興味や。怪談の中には、人間のありとあらゆる原始恐怖、死への恐れ、未知のものへの恐れ、心の不可思議さへの恐れが詰まっている。学者にはたまらん、宝の宝庫や」 「ふーん。そんなもんかねえ」 「たとえば、ドイツの古くからの民間伝承に、「ドッペルゲンガー」の話がある。誰か、知ってるか」 「確か、自分とうりふたつの人間を見たとき死んでしまうという、あれですよね」 鹿島さんが答えた。 「ああ。古くから、文学の題材に好まれてきた。アンデルセン、オスカー・ワイルド、エドガー・アラン・ポー、日本やと芥川龍之介なんかが書いている。 ともすればオカルトや心霊現象として取り上げられることが多いが、「自己像幻視」または「二重身」と呼ばれる、心理学、精神医学的に説明がつく現象なんや」 さて、俺自身の体験を話すこととしよう。俺は当時、研修医として大阪の精神病院で働いていた。 新米の研修医というのは、実は新人看護婦よりもまだ下っ端で、給料もろくにもらえず、一日15時間以上働かされるキツイ仕事や。 俺は毎日、病院のソファで仮眠をとりつつ、フラフラになりながら雑用をこなしていた。 ある夜、俺は先輩に手招きされて、廊下に出た。 6号室の患者が亡くなった。後始末するから、手伝え。 それは、もう何年も入院していた痴呆症の老人だった。 俺たちは糞尿垂れ流しのその遺体を、まるでモノでも扱うように「始末」した。 悲しいとか痛ましいとか、そんな感情はとうに捨て去った。そうしなければ自分が保てない。 悔しいけれど、それが現場の医師の実態なんや。 俺たちは遺体を霊安室に運び、遺族に連絡し、死亡診断書を書き、カツ丼をかっこむと、そのまま他の仕事に忙殺された。 明け方、勤務が終わった俺は、ふと思い立ち霊安室に向かった。 遺族はまだ、誰一人来てはいなかった。 線香の煙の漂う部屋、ポツリと中央に横たわる白い布をかけられた遺体に、俺は手を合わせた。 最後にせめて、死んだ患者を悼みたかった。俺はこれでも人間なんだという、あがきやった。 死に顔を目に焼き付けようと、白い布をそっと外した。 そこに現われたのは、俺自身の顔やった。この葺石惣一郎の。 さすがにあのときは、びびった。 外に走りだし、病院の廊下をころびながら駆けて、最初に出会ったしわくちゃの婦長に抱きついたのを、覚えてるよ。 まあ、それから20年ちょい死んでないから、ドッペルゲンガーを見た者は死ぬという説は否定されたわけや。 科学的説明はつく。 極度の肉体的、精神的疲労。 患者の死に対する罪悪感を否定することからくる感情の遊離状態が、この現象を引き起こした、と言えなくはない。 それにしても、しかし、心とはなんと不思議な現象を生み出すものやろう、と俺は今でも自分の携わる学問に底知れないものを感じているよ。 父はそう言うと、自分の前の蝋燭を事も無げに、吹き消した。 道場は真の暗闇に沈み、7人は声もなく、身じろぎもせず、その場に座っていた。 結局、最後の蝋燭を消しても、幽霊は現われず、みんな安堵のため息をついた。 一番怖い話をしたMVPは、圧倒的多数の男性票を得た藤江伯母さんに決まった。 賞品は、父の数冊ある精神医学の著書のうち一冊をサイン入り、ということだったが、「そんなん、要らんわ」 とにべもなく断られて、父はショックを受けていた。 「円香、ちょっと」 他のみんなも解散して、私たちもマンションに帰ろうとしたとき、父がこっそり私を呼びとめた。 「ディーターのこと、よろしく頼むな」 「言われんでも、わかってる。私のだんな様やねんもん」 「俺の心配しとったんはな、日本にはオカルトや心霊現象の類の情報が多すぎる。さっき俺の話したドッペルゲンガーにしたって、ディーターは離人症という形で何度も経験してるんや。 それを、悪霊のしわざだの、超心理学だのと安易に説き立てる無責任な情報から、あいつを守ってほしいんや。 現に多重人格をいまだに、過去霊の憑依だと説く悪質な輩もいる。グリュンヴァルト博士さえその説にはまりそうになったくらいや。注意してくれ」 「わかった」 「さっきの怪談大会の最中の様子を観察してたら、まあ、だいじょうぶやと思うけどな」 「お父さん、もしかして今日の会は、ディーターのためやったん?」 「あたりまえや。これも治療の一環や」 父は大威張りで答えた。 ほんとかしら。十分、葺石惣一郎の趣味まるだしだったと思うけど。 「精神の病を持つ者は、催眠や暗示に弱い。特に病状がかんばしくないときは、今日みたいな異様な状況では、簡単にフラッシュバックを起こしたり、死や呪いなどのことばに反応して不安定になる場合が多い。あいつからは、そういうものも感じ取れなかった」 「よかった」 「ただ、あいつの話の中に、ちょっと気になるフレーズはあったな。でたらめの作り話とはいえ、本人の深層心理を反映するからな。 鏡は自分のもうひとつの人格を暗示する言葉や。悪魔が自分の中に入りこんだというイメージは、自分の中にあるネガティブな部分を過度に恐れている、という意味合いが感じられる」 「……ふうん」 「そやけど、あれだけの茶目っ気があれば大丈夫やろう。俺も一瞬あいつの演技を信じそうになったからな」 「あーあ、なんかヘンな夜やったね」 私とディーターは、自分たちのマンションへの夜道を歩いていた。 「でも、ディーターの話、めっちゃ怖かったよ。私は実際にあのお城を見てたから、なおさら怖かったんかなあ」 「……」 「どこで、あんな話思いついたの? そう言えばあの廃墟、何か不気味やったね。私がトイレに行った後、少しの間お互いにはぐれちゃって、すごく心細かったしね」 私は、横にいた彼が立ち止まってしまったのに気づいて、後ろを振り向いた。 「俺が……なんの話をしたって?」 こわばった彼の表情を見て、私はぎょっとした。 「なんの……て、さっきの怪談大会でディーターが話した、悪魔の鏡のお話やんか」 彼は強く首をふった。 「話してない……。何も覚えてない」 「えっ!」 「恒輝の話が終わったあと、気がついたら円香が話してた。俺は許してもらえたと思っていた」 「そ、そんな……」 この晩、私にとって一番怖かったのは、この瞬間だった。 帰り道でディーターはいたずら心を出して、もっと私を怖がらせようと、まだ演技をしていたのかもしれない。 でも、もしかすると、暗く澱んだあの場の雰囲気に精神が耐え切れなくなって、話をしているときだけ人格交替を起こしていた、という可能性も否定できない。 そして、もっと恐ろしいもうひとつの可能性は……。 あの話は真実で、彼の中には本当に悪魔が宿っていて、話をせがんだ父を殺そうとしているということ。 今も、真相はわからない。 あとで国際電話でそのことを話したら、父は泡を食っていた。 もしかすると、いまだにケルンから帰ってこない理由は、ディーターが怖いからなんじゃないかな。 さて、この話を読んだあなたは、いったいどれが真実だと思いますか? これを書くにあたって参考にしたHPは以下のとおりです。 泰緬鉄道については、 「太平洋戦争」 恒輝が話した「だじゃれ怪談」は、わたなへ様のサイト「讀書新聞・あなたの知らない世界」 |
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