宇宙への長い旅に出る者にとって、いつ旅立つかは重要なことだ。 もしそれが春であれば、季節の流れぬ暗黒の空間に棲むあいだ、旅人たちは春の香りを心に抱いて、ふるさとを想うことになる。 もし冬ならば、しんしんと降る雪景色の思い出に包まれながら、シップは静かに航行する。 だが、時あたかも季節は夏。 旅人たちは、ぬるむ水と色鮮やかな花々と草いきれを五感に刻みつけて、終わりのない夏の中を果てしなく駆けることになるのだ。 クシロ航宙ポートの特別セクション。半年前から停泊していた第二次木星調査移民団用の巨大シップの周囲は、今大気圏離脱前の最後の時を迎えようとしていた。 【ギャラクシー・フロンティア】号。 乗組員総数は152人。その内訳は、【テクノロジスト】と総称する科学者および専門技術者106人。主に操舵と船内生活全般に関する任務を負う【シップクルー】32人。そして未成年者を含む関係者の家族14人。 最新型のイオンジェットエンジンと磁気プラズマセイルを装備し、地球・木星間の6.5億キロを約十ヶ月で飛ぶ。百機を越すジャイロマシンと、それらを統括する慣性制動システムのおかげで、船内の重力は最低でも0.8Gに保たれる。 船内は三層構造。シップの機関部の他は、メンバーの居住スペース、研究用のラボラトリー、食料生産セクション、貯蔵庫、娯楽用モールなどに区切られている。 まるでノアの箱舟のようだと、クシロの市民たちは空を見上げて、ポートのまばゆいライトに照らされた【フロンティア】号の偉容を見るたびに、感嘆のため息をついた。 十年という歳月を費やして、イオ・エウロパ・ガニメデの三衛星に木星系殖民地の基礎を築くという途方もない計画。 「あんな恐ろしいところに十年も、行きたがるヤツの気がしれないよ」 人々は集まるたびにささやき交わし、この安全で緑豊かな星・地球に住み続けることのできる幸福に胸をなでおろした。 しかし、同時に彼らは心の中で、彼らの帰還を迎える頃の未来の自分にも思いを馳せる。 たぶん十年後も今と変わらぬ平凡な生活をしていることに気づくと、ふと喉の奥に、壮大な冒険へと旅立つ者たちへのかすかな羨望が膨らんできて、咳払いするのだ。 シップクルーたちは、すでに一ヶ月前から一日の大部分をシップの中で過ごし、搬入や調整作業を進めてきた。 準備は、念には念をいれて、繰り返しチェックが行なわれた。 「ヴァージン・オリーブオイルはたっぷり積んだだろうね」 シェフ・ジョヴァンナが大荷物を両腕に抱えて巨体をキッチンを揺すりいれながら、背後の小男に怒鳴りつけた。 「は、はいっ」 「152人分の猛者たちの三食を、わたしとあんたで賄うんだよ。おまけに水耕ファクトリーと魚の生け簀とファームから、最上の食材を調達するのも、私たちの役目だ。夜だって寝てるヒマなんて、ないんだからね」 「ひええ」 シェフ・スミトロは、食料貯蔵庫とのあいだをコマネズミのように行ったり来たりしながら、それでも目を輝かせている。 「まったく! 出航前だってのに、どうしてこんなに汚すかなあ」 ハウスキーピング・チーフのトシュテンは、メカニックルームの扉をくぐったとたんに、両手で目を覆った。 酒の耐圧ボトルの空き瓶が、そこかしこに転がっている。 「最重点清掃箇所に決定。見ていろ。綺麗すぎて落ち着かないくらい、掃除してやる」 保安主任のニザームは、廊下の壁をあちこち叩きながら歩いていた。 「何をしてらっしゃるんです?」 新人クルーのひとりが、怪訝そうに訊ねた。 「こうやって、あちこちの音に耳をすませるんです。機械のわずかな異常を見つける切り札は、最後は人間の経験と勘しかないと、研修学校の先生に教わりませんでしたか?」 「はあ」 「それにしても」と髭のアラブ人は、不服気につぶやいた。「やはり、さすがに故障箇所は見つかりませんね」 こういうときに限って、お祈りの時間はなかなかやってこない。 「フライトの最初は、ヒマでヒマでたまらない毎日になりそうです」 離脱予定時刻が近づくにつれ、シップ内は逆に静まりかえっていく。 それは、シップそのものが、待ち焦がれていたときの到来に息をひそめているかのようだった。 ブリッジの中も、時折り響くコンソールの電子音以外、音は間遠だった。 『【ギャラクシー・フロンティア】。こちら、クシロ』 通信士のひとりが、ほっそりとした指でヘッドセットをかけ直し、管制ステーションからの通信に応答した。 「はい、こちら【ギャラクシー・フロンティア】」 『貴船の離脱を担当する北橋管制官です。今から気象と離脱経路のデータを送信します』 「了解しました」 『なんだか、そっち側から三神さんの声が聞こえてくるなんて、不思議だなあ』 管制官の茶化したような声に、その通信士、三神ユナはにっこり微笑んだ。 「コンソール周辺のなつかしい光景が、目に浮かぶようですわ。北橋さん」 『三神くん』 生方次席の落ち着いた声がかぶさった。 『あわただしくなる前に言っておく。元気で行って来てくれ』 「ありがとうございます。生方さんのような上司に出会えて、私は幸運でした」 『三神先輩。お元気で』 安永悠の、硬質で透き通った声が続いた。 「安永さん。あとをまかせたわよ」 そして心の中でそっと、つけ加えた。(きっと十年後、あなたがクシロの【ギャラクシー・ヴォイス】と呼ばれるようになっているわ) ユナは通信回路をメインスピーカーに切り替えると、パイロット席に振り向いた。 「キャプテン、管制ステーションからのデータ照合をお願いします」 「ああ」 それまでコンソールの上に両足を投げ出していた、プルシアン・ブルーの制服を着た航宙士が起き上がった。 眠そうな薄茶色の片目だけが面倒くさげに開き、通信席にチラリと注がれる。 「まかせる。最終確認だけは俺がやるから、あとはそっちで適当にやっといてくれ」 「データ照合はメインパイロットが行なうものと、航宙法施工規則第21項で定まっています」 「法律とは、破られるためにあるものだ」 「ダメです、キャプテン。規則には従ってください」 ユナは、眉をひそめてレイを思い切りにらんだ。 「三神通信士」 キャプテン・レイ・三神は落ち着きはらった仕草で、立ち上がった。 「話がある。会議室へ来てくれ」 有無を言わせず、彼が出て行くと、ユナは吐息をついて、隣に座っている同僚に言った。「レフさん。あとはお願いします。データ照合作業が少し遅れると、クシロに伝えておいてください」 「わかりました」 会議室に入ったユナを、レイの冷ややかな表情が出迎えた。 「どういうつもりだ」 「なんでしょう」 「データ照合のことだ。チェンや他の通信士たちは、いつも適当に誤魔化してくれた」 「元管制官としては、そのような不正を見過ごすことはできませんわ」 「せめてシップの中だけは、無条件に俺の言うことを聞け」 「お言葉ですが、これから当分、シップ以外の場所なんて、どこにあります?」 つんと澄まして答える妻に、レイはぐっと返事につまった。 「……おまけに、あのロシア人に身体をくっつけすぎだ」 「レフのこと? だって通信士同士ですもの。同じコンソールパネルを覗きながら相談をするのは当然のことです」 「俺の目の前で、他の男と三メートル以内に近づくな!」 「馬鹿馬鹿しい! それじゃ、仕事にならないわ」 くるりとドアに向かって踵を返したユナを、レイは突然後ろから羽交い絞めにした。 「行かせねえぞ」 「……ふふっ」 ユナは堪えきれなくなって、笑い出した。「言いがかりも、いいところね、キャプテン」 「こうでもしないと、ふたりきりになれないだろう」 レイは余裕のない性急さで、妻の髪の生え際に何度も唇を押し当てた。「すぐ手の届くところにいるのに触れられないなんて」 「忍耐力のいい訓練になるわ」 「訓練というより、俺にとってはまるで拷問だ」 「そうなの? じゃあ私は地球で待っていましょうか。十年間」 「やめてくれ。冗談でも心臓が凍る」 今度は、労わるようにゆっくりと肩や首をなぞる。 「体の調子は? だいじょうぶか」 「心配性ね。まだシップは飛び立ってもいないのに」 「大気圏離脱直後の数十秒は、慣性制動システムも効かない。一番つらい時間になるぞ」 「だいじょうぶ。ドクター・ナクラの訓練プログラムをずっと続けてきたんだから」 レイの指の軽い刺激に焦らされ続けたユナは、とうとう自分から夫に向き直り、甘い接吻を受け入れ始めた。漏れる吐息の合間に、ふたりはささやく。 「レイ。今のうちにひとつだけ話しておきたいことがあるの」 「何?」 「今まで、あなたと地球で過ごした四年間の結婚生活は、とても幸せだったわ。何にもたとえられないくらい」 「ああ。そうだったな」 「けれど、これからあなたと過ごす十年間に比べたら、ほんの序曲に過ぎなかったのだと思う」 「同感だ。ユナ――愛してる」 「レイ」 重なり合うふたりを追って、天井に据えつけてある監視カメラのレンズが、ほんのわずか動いた。 「メカニック!」 とたんに船長は、暁の空から落とされた天使長ルシフェルのような形相で、怒鳴った。「てめえら、ゴミ粉砕装置でミンチにして宇宙に放り出してやる!」 彼の投げたスクリーン用のリモコン装置が、カメラに当たって砕けた。 ニザームの出番が、さっそくやってきたようだった。 『それでは、確認のために読み上げます。送信内容と照合願います』 管制とのデータ照合作業が再開された。 『クシロ上空、現在の天候は快晴、北北東の風毎時2ノット、絶好のテイクオフ日和です。気圧1025hPa。磁気嵐は南西向きベクトルかなり弱し。CF電流は毎分47.7LA。離脱経路はC6722b、座標Z19を選択してください』 「了解」 『あ、あの、リードバックは?』 「省略する」 レイは欠伸まじりで答えた。 「やれやれ。おまえのダミ声だけには送り出されたくないと願ってたんだがなあ。北橋管制官」 『ふん、悪かったですね。おい、安永。交信交替』 『あ、え、そ、そんな』 心の準備ができておらず、一瞬あわてた様子の安永悠が、対空席に着いた。 『キャプテン、お元気で。ご無事を祈っております』 「ああ、あんたもな。あんたとシェークスピアの話をするのは楽しかったよ」 『私もです』 悠はすっかり自信を取り戻した声で、続けた。 『またすぐにお会いしましょう。みんなは十年は長いと言いますが、私はそうは思いません。「テンペスト」には、「時というものは、それぞれの人間によって、それぞれの速さで走るものなのだ」とありますから』 「ああ、そのとおりだ」 レイは微笑んだ。「『ヘンリー五世』には、『想像力によってこそ、しがない役者も王者と化身し、自在に場所を移り、時を跳び越える』とある」 『それでは、三神船長』 生方次席がその後を引き継いだ。 『プロジェクトの成功を信じている』 「今までのクシロ管制ステーションの、数々のご厚情に感謝する」 『それから、たった今、火星に向けて航行中のYR2便から、伝言が届いた』 「YR2便?」 『そちらに転送しよう』 接続音がしばらく続いた後、大らかな響きがブリッジを満たした。 [――レイ] 銀河連邦軍の元艦長キャプテン・神楽の、歳を感じさせぬ若々しい声だった。 [長いフライトに向けて、緊張してるだろうな。俺など、ひさしぶりに火星定期便に乗り組んだだけで、小便をチビりそうになった。だがそれでいい。緊張は、慢心の最大の敵だとソクラテスも言っている。本当は俺が今考えたセリフだがな] ブリッジ、機関室、そしてメカニックルームにいるクルーたちは、それぞれの部屋で失笑した。 [――だが、楽しい。宇宙は、やはりいい。おまえも楽しんでこい。おまえならきっと、三十年のあいだ外宇宙にかけられていた呪縛を解いて、プロジェクトを成功に導くと、俺は確信している――クミと、俺の名もなき孫とともにな。きっと無事に152人をイオに立たせ、無事に帰ってきてくれ] レイは奥歯をぐっと食いしばり、小さくうなずいた。 「ありがとう、キャプテン・神楽」 [キャプテン!] 続いて、張りのある大声が、船内スピーカーを震わせた。 「おい、ランドールだぜ」 元YX35便のクルーたちは、喜びにざわめいた。 [キャプテン夫婦と、元YX35便のクルーたちの健康を、火星航路上から祈ってます] レイは、通信席にいるユナと顔を見合わせ、微笑を交わした。 [十年後にまた会いましょう。その頃には銀河一の航宙士と呼ばれているのは、もちろん俺ですが] 「言いたいことを言いやがって」 レイは苦笑しながら、スピーカーに向かって悪態をついた。 看護師のハヌル、総務のギョームなど、YR2便に乗り組んでいる懐かしいクルーたちが次々と、彼らの航海の成功を祈ってくれた。 管制との交信を終えると、キャプテン・三神は立ち上がり、怒鳴った。 「シップクルーは、今すぐブリッジに来い」 五分と経たぬうちに、32人全員が集結した。 そして、二階デッキとをつなぐエレベータから、痩せた白髪の学者が降りてきた。第二次木星調査移民団団長。惑星学博士のアシェル・ベッテルハイム。 彼は惑星学を専門とする三神ヒロシ博士の後輩で、奇しくもレイと同じハンガリー出身だ。 「テクノロジストと家族たちは、すでに二階デッキで離脱に備えて座席についている」 彼は、クルーたちをゆっくりと見渡した。 「昨日の結団式でも申し上げたとおり、シップ内では諸君たちシップクルーがすべての指揮系統、治安系統を統括する。団長であるわたしも含めて団員すべてが、この【ギャラクシー・フロンティア】の中では、キャプテン・三神と諸君の命令に従う。そのつもりで我々すべてを導いてほしい」 「イエッサー!」 ベッテルハイムの謙虚な言葉に、クルーたちは誇らしげに背筋を伸ばしながら、まるでひとりであるかのように答えた。 「ついに、この日を迎えた」 団長の訓令を引き継いだレイが、感慨深げに言葉を切った。クルーたちは、思わず笑みを浮かべそうになる口元を引き締めた。 「今回の調査団に志願してくれたことを感謝する。今の銀河連邦で最高のクルーが集まったと僕は自負している。このフライトは必ず成功させねばならない。この31名ならば、それは可能……」 レイは戸惑って、途中で口をつぐんだ。クルーたちが呆けたように、ぽかんと彼を見ているのだ。 「どうした?」 「キャプテンのことばがいつもと違う。すごく丁寧だ。シップの中なのに……」 「変身していない、地上にいるときのキャプテンだ」 「そうか! ユナさんがいっしょだから、キャプテンはもう宇宙が怖くないんだ!」 みな手を打ち鳴らして、大声で笑い、どよめいた。 「て、てめえら」 レイは頭に血を昇らせて、手近にいるクルーたちの首根っこをつかみ、片っ端から小突き始めた。 「そんなくだらないことに、いちいちグダグダ騒ぐんじゃねえっ」 「うわわ。元に戻っちゃった」 「意識させたら、ダメだよ。まだ一時的なんだから」 大騒ぎのブリッジで、ユナだけが苦笑をこらえながら、時計を見ていた。 「そろそろ離脱許可三十分前ですが、みなさん、いいんですか?」 クルーたちは、あわてて整列し、キャプテンの最後のことばを待った。 「メカニック・チーム」 「整備は万全です」 メカニック・チーフのコウ・スギタが胸をそらして、太鼓判を押した。 「この【ギャラクシー・フロンティア】号は、まだ完成形ではありません。テクノロジストの航宙学博士たちとタグを組んで、さらに改良を目指します。十年後に地球に帰る頃には、地球より住みやすくなっていることは、保証します」 「機関室」 機関長のタオがあご髭をしごきながら、答えた。 「エンジンは、宇宙一の性能だ。まるでクシロの最上の女みたいに、動きが激しく、しかもなめらか。どんな無理な加速でも言いつけてくれ」 「パイロット」 「まかしてください」 レイと同じプルシアン・ブルーを身にまとったエーディク・スタリコフが、直立不動の姿勢で立った。 エーディクが航宙士の一級ライセンスを受け取ったのは、わずか一週間前のことである。制服がまったく似合っていないのは、無理からぬことであった。 ヨーゼフ・クリューガー二級航宙士は、ふてくされたような表情のまま、黙って頭を下げた。最悪の問題児の彼ではあるが、宇宙でキャプテン・三神に逆らうのが、獅子の檻に入るより無謀であることは、誰よりも一番知り尽くしている。 「キッチン」 「どんな大食漢のわがままな注文にも、二十四時間対処するわ」 シェフ・ジョヴァンナが巨体を揺すった。「このシェフ・スミトロが寝ないで料理するから、何でも言いつけてね」 「ひえええ」 「保安セクション」 黒髭のアラブ人が、敬礼した。「どんな小さな異常でも通報してください。すぐに駆けつけます――お祈りの時間以外は」 「ハウスキーピング」 「誰だー。ラウンジのソファにさっそくシミを作ったのは!」 「医療チーム」 ドクター・リノが白衣をひらめかせながら、前に進み出た。 「十年間の長丁場だ。地球とも火星ともまったく違う環境において、精神と肉体にどんな症状が出るか、わからん。これだけ長期間にわたる宇宙医療は、まだ未発達の分野で、さらに研究の余地がある」 彼は、ユナのほうを見て微笑んだ。その横にはドクター・ナクラと、看護師のエヴァが控えている。 「だが、我々三人が責任を持って、152人の健康を守る。安心して無茶をしてくれ」 「通信士」 「はい」 ユナ・三神は信頼と誇りに満ちた眼差しで、まっすぐに夫を見つめた。 「レフとふたりで、力の限り任務を遂行します。よろしくお願いします」 誰かがため息をついた。 【ギャラクシー・ヴォイス】。宇宙に棲む者にとって、今までそれは、地球からの遠いかすかな呼び声だった。だが、これからは、いつでも間近で語りかけてくれるのだ。 キャプテン・レイ・三神は、全員の報告を聞き、満足そうに笑んだ。 それは、見る者すべてを魅了する笑みだった。クルーたちは、この船に乗り組むことができた感激に身を震わせた。 「本船はただ今より、木星系に向かって出航する」 瞬時に真顔に戻り、船長は訓令を終えようとしていた。 「途中で寄港するのは、火星のみ。その先は、もはやどんな助けの手も及ばない、【アウター】だ」 クルーたちは、一斉にうなずく。 「俺たちを待っているのは、何が待つかわからない空間だ。そこは、常識というものが通じない世界かもしれない。これまでとは全く逆の発想をしなければならない世界かもしれない。気をゆるめるな。だがおびえる必要はない。全身で宇宙を感じ、判断すれば、それでいい」 レイの深みのある声を聞いているうちに、クルーたちは不安を抱くどころか、いてもたってもいられぬような冒険の予感に胸を躍らせた。 この人についていけば、大丈夫だ。 なぜなら、その未知の空間【アウター・スペース】で生を受けた、この世でたったひとりの男――レイ・三神以上に、彼らを導く資格のある者がいるだろうか? 「総員、配置につけ。大気圏離脱最終準備!」 「イエッサー!」 クシロの青い空は、白銀の機体が振り撒く、まばゆいばかりの光を、最後の贈り物として受け止めた。 轟音が鳴り響き、軌道エレベータの中をするすると上昇し始めたシップは、あっという間に、地球上のすべての者の肉眼から姿を消した。 2231年7月4日、【ギャラクシー・フロンティア】号、木星系に向けて出発。 大地よりも、大海原よりも広大な宇宙の懐に、たった今一隻のシップが迎え入れられた。 完 Bon Voyage ! |