04. ビスケット色

 妻は朝から張り切って、ビスケットを作っている。洗濯ものを干す間、俺に焼き加減を見ていろという。
「いつまで?」
「ビスケット色になるまでよ」
 俺はオーブンの前に置いた椅子にまたがり、明々と燃える炎にじっと見入った。
 こんな平和な毎日は、いつから続いていたのだろう。
 遠い昔、俺はビスケットではなく、女たちを焼く炎を、こうやって眺めていたことはなかったか。拷問で泣き叫ぶ女たちの声を、毎日のように聞いていたのではなかったか。
「あなた!」
 妻の悲鳴が上がる。「焦げくさい!」
 俺がぼんやりしている間に、ビスケットは松脂のような色に焼きあがっていた。
「町で売っているビスケットというのは、どれもこういう色なんだ」
 言い訳して齧ると、固くて歯が欠けそうになった。