TOP | MAP | HOME The Chronicles of Thitos ティトス戦記 外伝 Episode 2 旧暦3638年 白鳳月
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§3に戻る §4 ラクティの住民たちはおそるおそる、地下室や水路などの隠れ場所から出てきて、公会堂前に集まった。 その数はおよそ3千人。5千の人口だったことを考えると、半分近くが魔王軍の手にかかって殺されたことになる。 町長や長老たちは、魔族たちの急襲とその後の蹂躙をうかがわせるやつれ切った姿で、アシュレイたちの前に現われた。 「ほんによう来てくださいました。勇者さま」 「おかげで、これだけの者が助かりました」 しかし、感謝のことばとは裏腹に彼らに笑みはなかった。硬い、いやされることのない悲しみの貼りついた顔がじっと4人を見つめる。 後ろの群集の中から、嗚咽とつぶやきがもれる。 「なぜ、もう少し早く来てくださらなかったのか」 「せめて3日、いや2日早ければ、わしらの息子は、……娘は」 「あれほど待ち望んだ勇者さまが王都に現われたと国中が喜びに沸き立っていたのに。もう魔物におびえなくても済むと、みんなで祝い合ったのに」 「奴らに包囲されてからもずっと、今日しのげば勇者さまが助けに来てくださると、言い交わして励まし合っていた。最後までそう信じていたのに」 アシュレイは、苦悩の表情をうかべて、うなだれた。 「すみません……、皆さん」 「なんで謝るんだっ! アシュレイ」 リュートは、空気が張り裂けるような大声をとどろかせた。 「てめえら、よくもそんなことが言えるな。こいつが来なかったら、皆殺しになってたかもしんねえのに。 こいつの格好を見てみろ。こんなに傷だらけになって、ボロボロになって、自分の命をすりへらして……。こいつらはてめえらのために戦ったんだ! その間、てめえらは、隠れてぶるぶる震えてただけじゃねえか。自分たちの家族のために戦った者が、この中に何人いる?」 「やめろ! リュート!」 鋭く制するアシュレイの頬に涙が伝って落ちる。 「やめてくれ。きみだって感じたんじゃないか。この人たちの苦しみを……。僕らは、僕は救えなかったんだ。2千人もの人々の命を」 あたりは静まり返って、それ以上ひとことも発する者はいなかった。 翌日、ラクティの町の崩れずに残った一画の宿屋を借り、4人は戦いの疲れと傷をいやした。 夜、バルコニーから町の夜景を眺めていたギュスターヴは、背後に部屋から洩れる明かりを遮る大きな人影が立ったのに気づいた。 「リュート」 「ギュス、ちょっといいか?」 「……ああ」 彼は隣に立つと、しばらく口ごもっていた。 「俺さ、明日の朝はやく、ここを発つ」 「えっ?」 「サキニ大陸に戻ることにした。もうここでお別れだ」 「なんで……?」 「おめえらが嫌いになったとか、いっしょに戦うのがイヤになったとか、そんなんじゃねえ。ただ、わかっちまったんだ。おめえらの背負ってるもののとんでもない重さを……」 「リュート……」 「それに比べりゃ、俺の生き方は、おめえの言うとおり、遊びにしか見えないだろうよ」 「そ、それは……」 「いいんだ。ただ誤解したままでいてほしくないのは、俺にも魔王軍を倒したいっていう、俺なりの理由があるってことなんだ。おめえらのに比べたら、ちっぽけな理由かもしれねえけどな」 彼は背をかがめると、手すりの上で両手を組んだ。 「俺、ガキん頃、奴らに二親を殺されてる。だから、この手で復讐してやりたい。魔王はいつか俺の手で倒すってずっと思ってた。そのために世界の誰よりも強くなろうとした」 「……」 「けど、アッシュみてえに、世界中の人々を守るなんていう、とてつもない重荷は俺には負いきれねえ。そばであいつを見てるだけで、辛くて苦しくてたまらねえ」 彼は首を傾け、せつなくなるような笑顔をギュスターヴに向けた。 「だから、俺はひとりで戦うことに決めた。俺なりにできる方法で魔王軍を削いでいく。陰ながら少しはおめえたちの役に立てると思う」 「リ、リュート」 ギュスターヴは、どもっている自分が自分で可笑しかった。「お、俺もおまえに言いたいことが……」 「いいよ、無理に言わなくても。おめえが俺をすごく嫌ってることくらいわかってる。俺は頭悪いし、下品でがさつで女たらしで、おめえとは正反対の人間だ。アシュレイやアローテに近づけたくねえって気持ち、わかるよ」 「そ、そうじゃなくて」 「でも、これでもおめえたちと出会って旅をしてるうちに、俺もずいぶん変わったんだぜ。前はもっと、自分のことしか考えてなかった。人のことなんかどうでもよかったし、人からどう思われても関係なかった。 仲間がいることがこんなに楽しいって知らなかった。毎日が夢みてえだったよ。弟や妹がいるってこんな気分なんだろうな。……そして、大好きな奴らに嫌われることがどんなに辛いかってことも、おめえたちと会わなければわからなかった」 「リュート、だから俺が言いたいのは」 「できればずっと一緒にいたかった。おめえらのことが、ほんとに好きだ」 リュートはいきなりギュスターヴを強く抱きしめ、彼の艶やかな黒髪の上に顎をうずめた。 「俺はおめえのことも大好きだ。けんかばっかりだったけど、いい友だちになれそうな気がしてたよ」 「だ、だ、だから、俺は……」 彼から離れて微笑むと、「アシュレイとアローテには何も言わないで出てくよ。泣かれると困るからな。よろしく伝えといてくれ」 「リュート!」 「じゃあな」 「だから、人の話くらい聞けよ! リュート!」 ギュスターヴのじれったげな悲鳴は、とっくに消えてしまった彼の後ろ姿を追いかけて、闇の中に溶けていった。 陽が昇る前、夏の朝霧が町の階段をひたひたと降る頃、リュートはそっと物音を立てないように、宿屋の扉を開けて外に出た。 宿屋の裏に回り、昨夜のうちにこっそり一頭だけ離しておいた自分の馬に大剣と荷物をくくりつけると、鞍にまたがり、町の門へと続く坂をそろそろと進み始める。 あたりは乳白色の濃い霧のせいで、馬のうなじ以外は何も見えない。 「あれ?」 欠伸をして目をこすったあと、彼は人の気配に気づき、ぴくりとした。 「まさか……」 門の手前に、ぼんやりと3人の馬上の影が浮かび上がった。 「おめえら、なんでここに」 影のひとつが、手綱を操って一歩進み出た。 「リュート、こういうやり方はないんじゃないか?」 「アシュレイ」 「僕たちには、もう離れられない絆ができている。そう思っているのは、僕だけなのかな?」 「私たち、夕べ考えてみたの」 アローテがその横からあどけない声で続ける。 「想像してみたわ。あなたがいなくなった私たちの毎日。全然想像できなかった。笑っちゃうくらい何も思い浮かばなかったわよ。たった一週間の付き合いなのにね」 「だからな、リュート!」 そして、いらだったように頭を振るギュスターヴ。 「おまえは一度くらいは、人の話をまともに聞け。勝手に自分だけくっちゃべるな! アッシュもアローテも……俺も、おまえのことが好きなんだ。いっしょに旅をして、いっしょに魔王軍と戦って魔王を倒したいと思ってるんだよ」 「そんな……、本当に? ギュス」 「ああ! 何でそんな妙なところで引っ込み思案なんだよ」 「リュート」 アシュレイが、静かで慈愛に満ちた声で言った。 「僕たちにはそれぞれ、自分の負わされた使命や生きる目的というものがある。どんなに親しくても、それらをすべて共有することはできない。 でも、そうする必要はないと思う。肝心なのは、僕たち4人がお互いを愛し合おうとする心。それさえあれば、僕たちは仲間でいられるんじゃないかな」 彼は、リュートの馬の鼻先に自分の馬を立てた。 「リュート。アシュレイ・ド・オーギュスティンが勇者の名においてお願いする。今日から正式に僕たちの一員になってくれ。その剣で、僕たちを守り助けてくれ」 「へへっ。しかたねえな」 剣士は照れくさげに、頭を掻いている。「わかったよ。ついていってやるよ」 「ありがとう。リュート」 「そのかわり、この霧が晴れたら、もう一回手合わせだ、アッシュ。今度は攻撃魔法でも何でもありだぜ」 「え、でも、まだ折れた肋骨が治ってないんじゃ……」 「あー、こんなの平気平気、昨日でくっついちまったよ」 壮麗な門をくぐって、町の外に出て行くリュートとアシュレイの姿を見送りながら、ギュスターヴは不満げに、髪をしきりに引っぱっていた。 「どうしたの、ギュス?」 アローテが不思議そうに振り返る。 「俺たちさ、情に流されてとんでもない厄病神を仲間に引き入れちまったんじゃないか?」 「まだ、そんなことを言ってる」 特に、アローテ、おまえを守りたいと思っている俺からすれば、最悪の恋敵を。 言葉をのみこんだギュスターヴは幼なじみとともに、仲間たちを追って、次の目的地に向かって馬を走らせ始めた。 |