§1に戻る §2 地下五階を過ぎ、六階も過ぎて、七階にいたる。 このあたりまで来ると、もはや地下の迷路を吹き抜ける風はどこにもなかった。ただ、松やにのように淀んだ、とろりと濃密な空気がまとわりついてくる。 「風の最上級魔法など、ここにはないんだよ。古代ティトスの遺跡どこを探しても存在しない」 先を行くギュスターヴの静かな声がダンジョンの壁に反響した。その背中は魔法のともし火をさえぎって、ゆらゆらと黒く大きく見え、まるでいつもと全然別な存在のように、恐ろしく思われた。 「魔法というのは調べれば調べるほど、わからないことだらけだ。畏王が誕生した一万年前、人間は確かにまだ魔法というものを使いこなせてはいなかった。「子どもだましの、不完全な手品にすぎなかった」とルギドも言っていたけど、理論だけはあっても実用には程遠い存在だったわけだ。 だが、そのわずかな歳月の後、人間は畏王に対抗するだけの魔法の体系を作り上げていた。さらにその百年後には、高度な「生命封印呪文【イリブル】」さえも編み出していた。唐突すぎると思わないか。それから一万年、数え切れないほどの大勢の魔導士が必死に研究しても、それだけの進歩には及ぶべくもなかったというのに」 「それは、どういうことなの」 好奇心に負けて、リグはようやく声を出した。涙ですっかり擦れてうわずった声。 今また魔物に襲われたら、この声では簡単な回復呪文さえ唱えられないだろう。魔導士失格だ。 「世界中の遺跡を調べて、少しずつわかってきた。古代ティトス帝国の建造物の中に、魔法が奉納されたものはひとつもない。だが、畏王が帝国を滅ぼしてからの遺跡に突如現われ始める、といっても、その時代の遺跡で残っているのはほんのわずかだが。 俺はこういう仮説を立てている。魔法というのは、このティトスの中で生まれたものじゃない。古代ティトス帝国が滅びに瀕していたとき、別の世界からの助けの手として運ばれて来たものなんじゃないかと」 「別の世界……」 「ルギドの話を覚えているか。ポワムの話だよ。世界は丸い球になっていて、海の向こうにはティトス以外の大陸が存在するかもしれない。 もしかすると、魔法はその別世界の人間たちが持ち込んだ可能性があるってことだよ」 「別世界の人間なんて」 見たこともないのに、いるわけない。そう反論しようとしてリグは口をつぐんだ。ギュスターヴの灰色の瞳は、昔のように、あの冒険の日々のようにキラキラと輝いていたからだ。 「行きてえなあ。別の大陸が本当にあるなら、行きたい。行けないならせめて、その証拠となるものだけでも俺の手で探し出してみたい」 「今だって長老様は仕事で死ぬほど忙しいのに、そんなことできっこないわ」 皮肉たっぷりにリグは答えた。 「長老なんて、すぐにでも辞めるつもりさ」 「えっ」 「そうすれば、自由に冒険に行ける。独身の誓いも解かれる。もともと初めからそのつもりで、テアテラを出てここに来た」 ギュスターヴは何かを渇望するようなまなざしで、ゆっくりと振り向いた。 「そうしたらリグ、俺と結婚してくれるか」 予想もしていなかった話に、今度こそ正真正銘、ものも言えない。 「何のためにこんなところを選んで、おまえを連れてきたと思う。どんづまりのダンジョンなら、おまえも逃げ場がない。俺も長老の肩書きという重たい鎧を脱ぎ捨てて、ひとりの男に戻れる」 羽交い絞めにされ、間近から見つめられて、リグはまた震えだした。怖い。さっき魔物に襲われたときとはまったく別の種類の怖さ。 「答えを聞くまで、この中から逃がさねえぞ」 彼の顔がもう少しでリグのそれに触れようとしたとき、あわてて否んだ。 「だ、だって。だって!」 「何が「だって」だ、簡潔に反論してみろ」 「嘘よっ!」 「嘘だと? 人の決死の覚悟の告白を嘘よばわりするな!」 「だって、所詮私はただの身代わりじゃない」 一瞬の、腕の力のゆるんだ隙をついた。真綿のような牢獄から抜け出して、冷たい岩壁を背後にする。 「本当はギュスは、今でもアローテのことが好きなんじゃない。その気持ちを受け入れてもらえないから、私を身代わりにしてるだけのくせに」 「何を誤解してるんだ。俺も確かに若い頃はアローテのことを……。ああっ。そんなこと言わせるな、よけい説明がややこしくなる。 今は、おまえしか愛してない。リグ。嘘は言わねえ。ちゃんと俺の目を見ろ」 「じゃあ、なんであんな目でアローテを見たのよ!」 リグは足を踏み鳴らして、わめいた。 「国境の森でアローテと別れるとき、どうしてこわばった悲しい顔をしたの。ごまかそうとしたってごまかされないんだから。まだアローテのことを好きだから、あんな顔をしたのよ。 アローテが今もし「助けて」とギュスのことを呼んだら、絶対に私よりアローテを助けに行くに決まってる!」 両手で顔を覆い、大声をあげて泣くリグに、ギュスターヴは茫然と立ち尽くした。 「そうだったのか」 温かい感触が、再びやさしく彼女の肩を包み込む。力が抜けて、今度はもう抵抗できない。 「変な気を回させちまったな。ちゃんと言っておけばよかった。ごめんな、リグ」 ギュスターヴは彼女を抱きしめたまま、その柔らかい髪をいとしむように指で梳いた。 「アローテは、もう長く生きられないんだ」 突然の意外なことばに、彼の胸の中でリグは息を飲んだ。 「……病気なの?」 「そういうわけじゃない。『トランス』って知ってるな。アローテは魔王軍との戦いの中で、強力な魔法を使うために何度もトランスに入って、生命力を削がれ続けた。その分、もう寿命が尽きかけているんだ。よくて40歳。あの様子だと、あと4、5年持てばいいほうだろう。 ルギドはそのことを知っていた。だからせめてリュートとして彼女を最期まで看取ってから逝きたいと、頑張ったんだろうな」 「アローテは、そのこと……」 「ああ、自分でもちゃんと知ってる。あとで俺に手紙に書くといったのは、そのことだよ」 リグは涙でぐしょぐしょに濡れた顔を上げて、目の前の男を穴の開くほど見つめた。 「それじゃ、ギュスも……?」 「ああ、俺も同じだ。もし長老が一生のあいだ受け続けられるテアテラの魔導士たちの加護の呪文がなければ、たぶんあと数年で死ぬ」 ギュスターヴはやわらかく微笑んだ。 「俺は最後の瞬間まで自分の人生を生きられるなら、命なんて惜しくない。それでも長老の職を引き継いだのは、どうしても研究のためにそれが必要だったからなんだ」 「研究?」 「【生命封印呪文イリブル】の、解呪法だよ」 リグはそれを聞いて、おもわず「あ」と叫んだ。 「解呪法……。そんなものが……存在するなんて知らなかった」 「覚えておけよ。すべての呪文にはかならず解呪法がある。だが、それを解く研究を完成させるためには、呪文を唱えるのに必要な力の数倍の魔法力が必要だ。 俺の持っているものだけでは到底足りなかった。だからあれほど嫌と言い続けていた長老に納まったんだ。じいちゃんの持ってた力と知識をすべて受け継ぐために」 「その解呪法は完成したの……?」 「ああ。完成したよ」 疲れきったという仕草で、ギュスターヴはそばの岩に腰を下ろした。 彼のことばの意味するものを考えていたリグは、ぞわりと戦慄する。 「それじゃあ」 「ああ。想像してるとおりだ。つまり、俺は望めばたった今でも、魔王城の海の底へ行って、ルギドを生き返らせることができるってわけだよ」 ギュスターヴは笑みにしそこねたという表情で、口元を不器用にこわばらせた。 「だが、ルギド自身は、復活することを望んでいない。消える前にユツビ村のじいちゃんに会って因果を含めたそうだ。たとえ解呪法が見つかっても絶対に封印を解くなと。それを代々の長老の掟とすることを約束させた。俺は長老の力を引き継いだときに、それを聞かされたんだ。 理由は、考えてみればわかる。体内に畏王を宿したまま復活すれば、どうなるか。うまく行けば畏王を押さえ込んだまま生きていけるかもしれない。だが、もしかすると畏王に操られて、自分の意志に反して世界を滅ぼしてしまうかもしれない。 やつはそのことを何よりも恐れているんだ。でもその気持ちは、俺にもある」 彼はぶるっと身を震わせた。 「サルデス王都で一度やつの力を目の当たりにしている。あっと言うまに広場にいた数万人の人間が死んだんだ。俺には、畏王を解き放つことはこのうえなく恐ろしい。 だけど、寿命の尽きようとしているアローテを目の前にして、俺がどんな気持ちでいたかわかるか? どれだけ会いたいだろう、会わせてやりたいと思っても、それができない。俺が長老の掟さえ破る覚悟なら、いつだってジークとアデルにもう一度父親と遊ぶ時間を与えてやれたのに」 顔を伏せ、懸命に歯を食いしばっている。泣きたくても泣けない。魔導士は泣くことさえ許されない職業なのだ。 その瞬間、偉大なギュスターヴ・カレルは大魔導士でも長老でもなんでもなく、まるで幼い少年のように弱々しく見えた。 「アシュレイが事あるごとに、ルギドに新ティトス帝国の行く末を相談したいって嘆いているのに。俺にはそうする力があるのに、何食わぬ顔をしていなきゃならないんだ。 俺は人でなしだ。でもこの世界を守るために、俺は人でなしになり続けきゃいけない。 わかっているはずなのに……解呪法を見つけて以来、満足に眠れた夜は一晩もないよ。この秘密は、俺一人が背負うには重すぎる」 リグはもう黙っていられなくなった。ひざまずき、頭を垂れているギュスターヴのそばにおずおずとにじり寄ると、額をこつんとつけた。 「ギュス。ひとりぼっちで辛かったのね」 彼は驚いて、湖面のように揺れる灰色の瞳を上げた。 「私にも、そのつらさを分けて」 「リグ」 最初、鳥がついばむように唇を合わせ、次第に相手のすべてを求めるしるしとしての口づけ。 ふたりは、硬い岩に全身を預けるようにして抱き合った。 「ギュスが好き。ずっとずっと大好きだったの」 「俺もだよ。リグ」 激しい吐息の合間に、ギュスターヴは彼女と指をからめた。 「俺の子どもを生んでくれないか。解呪法を託すことのできる、強い子どもを」 「解呪法を託す?」 「解呪法が存在するということは絶対に公にしてはならない。テアテラ国王にも、新ティトス皇帝にさえもだ。そうしないと、どんなに極秘にしても、政治という形態の中では秘密は漏れる。 アシュレイは今、新帝国の基礎を築くために頑張ってはいるけれど、悪いが俺は政治というものを信じちゃいねえ。政治は、権力を求める者どもを吸い寄せる。いつか世が乱れたときに、畏王を復活させようとする陰謀が起こって、ティトス中が巻き込まれないとも限らない」 ギュスターヴは決意をこめた瞳を、闇の彼方に向けた。 「それに比べれば、血の掟ははるかに強い。俺の代々の子孫にのみ解呪法を伝えることができれば、永久に秘密は守られる。 俺たちの戦いも、ルギドが新ティトス帝国に託した願いも、すべてを秘めたまま後世に伝えることができれば、――いつか畏王の呪いが解け、このティトスが本当にルギドの力を必要としたときに、解呪法を使うことができる」 「そうすれば……、ギュスは楽になれるの?」 「ああ。俺に与えられた使命はそれで果たせる」 「うん、わかった」 リグは唇を引き結んで、うなずいた。 「私、ギュスの子どもを生むよ。生みたい」 「でも、独身の戒律を破る以上、俺は長老としての加護をもう受けられない。すぐに寿命が尽きて、おまえをひとりにしてしまう」 「それでもいい。それくらい平気。私、何人だって子どもを生むわ。私たちの秘密を受け継いでくれる子どもを。そうすれば、たとえどちらかが死んでも、もうひとりにはならない」 ギュスターヴは彼女のことばに驚いたように、一瞬目を見開いていたが、 「……ああ。そうか」 と満足げな、深い吐息をついた。 「何?」 「今わかった。俺、ひとりで死んでいくアローテのことが可哀想だと思ってたけど、そうじゃなかったんだな。ジークとアデルがふたりの命を引き継いでくれる。だからルギドがいなくても寂しいとは思わなかったんだな」 「私たちも、永遠にいっしょになるんだね」 「リグ……」 ギュスターヴはいつのまにか、彼らの回りを照らしていた「灯りの呪文」を解いた。訪れた漆黒がビロードの毛布となって、相手の唇を求めて探り合う恋人たちを柔らかく包んだ。 突然、何かがきしむような物音が背後から聞こえ、ふたりは抱き合ったまま彫像のように凍りついた。 「……なに、今の音は」 リグは小声でささやく。「そこの奥から聞こえたみたい」 二人は離れることをためらいながらも、次の瞬間にも危険をもたらすかもしれない不審な音を捨て置くわけにも行かず、立ち上がった。 暗闇に慣れた目はうっすらと、人工的なほどなめらかな岩壁を映し出す。杖を構えて近づくと、その壁には今まで気づかなかった頑丈な閂が取り付けてあった。 「こんなところに扉があったなんて」 「あれ。ジルとおまえは、12年前にすみずみまで探索したんじゃなかったのか」 「それって、お兄ちゃんの嘘なのよね。頼まれてずっと話を合わせてたけど」 リグはため息をついて、長年隠していた真相を打ち明けた。 「本当は時間が足りなくて、ここのずっと上で引き返したの」 「あんにゃろー。ジルのやつ、最奥部まで極めたなんて、ホラを吹きやがって」 「だから、この中には、まだ誰も入ったことはないんじゃないかと思う」 すでに魔導士の長などという肩書きはきれいに捨て去り、すっかり昔の口調に戻ったギュスターヴは、にんまりと笑った。 「じゃあ、手付かずのお宝があるかもしれねえってことだな。やっと十数年ぶりに、じいちゃん直伝の開錠の呪文を使うときが来たぜ」 「でも、閂がかかっているなんて。それに、さっきのあの地鳴りみたいな音……。もしかして、この中は危険なんじゃない?」 「人生には危険はつきもの。結婚もまたしかり」 ギュスターヴは格言を口ずさんで片目をつぶると、両の中指を折り曲げて、鍵を模した形に組み合わせる。 「エパタ・ミージャ。知識の扉を我に開け」 岩の板は重々しい音を立てて、壁の奥に退いた。真っ黒な空洞がその向こうにぽっかりと口を開ける。 襲いかかる、むっと饐えたにおい。 「なんだか、いやな感じ。いやな予感」 つぶやきながら、リグはギュスターヴの背中にしがみつくようにして入る。 内部は、砦の小部屋のように奥に細長い造りになっていた。灯りの呪文がなくても、ヒカリゴケに照らされてぼんやりと薄明るい。そしてどこからか、地下水の流れる音がする。 床には白い獣の骨が散乱して、踏むとぼろぼろに崩れてしまった。そうして数十歩進むと、中ほどに設えられた台を見つける。それは埃にまみれてはいたが、目にも綾なる金銀細工、水晶や金剛石、宝剣・鎧の類がうず高く積まれた奉納台だった。 「すごい」 リグは暗闇になお燦然と放たれるその輝きに、目を奪われた。思わず手を伸ばしたその瞬間、宝石ではないきらめきを視界の端に見たような気がして、顔を上げる。 ぎょろりと不気味に青白く光る、ふたつの目玉。 「きゃああっ」 「やっぱり、いやがった」 ギュスターヴは前に出て、リグを肩でかばった。「このダンジョンの守護者……というほどでもないか。厄介払いに閉じ込められた凶暴な野獣の子孫の最後の一匹かもな。おい、図星だろ」 答えの代わりに、そいつは毒々しいまでに鮮やかな黄色の口を大きく開いた。吐きそうなほどの異臭が漂ってくる。固いにかわのような肌。しなやかな四足。 ベヒーモスに似ているが、もっと凶暴で破壊的で知性のかけらもない。もしかして一万年前、ベヒーモスの先祖はこんな姿をしていたのかもしれない。 「やばいな。剣士でもいりゃともかく、魔導士ふたりじゃ相手にならねえ。逃げるぞ、リグ」 「すごいお宝を前にして?」 「こんなもん、惜しくねえ。俺には、もっとすごい宝が手に入ったばかりだ」 黒檀の杖をぐっと突き出しながら、ギュスターヴは『ダル』と叫んだ。 危機を回避するために、魔導士がとっさのとき唱える短い呪文。相手を幻惑させる目くらましの魔法である。 それを合図に、ふたりはローブをひるがえして岩の扉から飛び出した。 『ミトラ・ルヴェイユ。帰すべき道を我に示せ』 ギュスターヴの走りながらの詠唱。それにともなって、今までふたりがこのダンジョンで辿ってきた足跡が塗料を塗ったかのごとくに、最短の帰路となってくっきりと浮かび上がった。 『アジレートラ』 リグも負けてはいない。素早さを上げることばを自分たちに雨のように降りそそぐ。 振り返る余裕すらないが、それでもさっきの魔物がその岩牢から抜け出し、狂気にまかせて彼らをまっしぐらに追ってくるのを、首筋にぞわぞわと感じる。気の遠くなるような長い歳月を、小さな蜥蜴や小魚だけで食いつないできたのだ。 「ちぇ、しつこいなあ」 それでも、ギュスターヴの口調には余裕さえ感じられる。リグもそれがわかった途端に、心の底から怖いとは思わなくなった。 ふっと空気の重さが変わった。ダンジョンを回流している乾いた風が頬に当たる。地上が近いのだ。 「ギュス、このままだと、こいつも一緒に図書館に出てきちゃう。いいの?」 「そのときは、帝国軍にお出まし願って、退治してもらうさ。結婚もしてねえのに、こんなところで死ぬわけに行かないっつーの」 「そんな、無責任だよ。もとはと言えば、私たちがあそこの閂を開けたりしなければ」 ギュスターヴはそれを聞いて、ぴたりと立ち止まった。その拍子に彼の背中で、長く編んだ黒髪が意地悪気にゆらりと揺れる。 「じゃあリグ、手伝ってくれる?」 振り向いて、にっこり笑う。「そうすれば、なんとか倒せるんだけどなあ。合体魔法の実地授業だ」 「やる、私できる」 リグは思わず答えていた。口の中でこっそり、 (だって、私、世界最高の魔導士の奥さんになるんだもの)という言葉を付け加えながら。 「じゃあ、俺は炎の上級魔法唱えるから、リグは氷の初級呪文な」 「炎と氷? 反対属性じゃない。打ち消し合っちゃう」 「使い方によっては、反対属性は一方の効果を倍加する。次の上級魔導士試験に出る。覚えときな。【インナーフレーム】って言うんだ。【消えない炎】だよ」 その結果は、哀れな魔物は内臓をくすぶる業火で焼かれて倒れ、新米魔導士はその生々しい死に肝をつぶして、大魔導士の胸に顔を押しつけた。 彼はリグの気持ちが落ち着くまでいつまでも、髪を撫でながら「清めの歌」を歌っていてくれた。 なんとここは安らかなのだろう。ギュスターヴがいれば、何も怖いことなどない。 この真っ暗な洞窟に入ったときと今では、リグは自分がまったく別人になったような気がしていた。子どものころ、ルギドやジルと分け入ったなつかしいダンジョンは、彼女を大人に成長させて出してくれるのかもしれない。 みんなといっしょだった冒険の旅が今また始まる。ギュスと私が新しい家族になって作っていく、人生という旅に。 「ごめんね。ギュス」 リグはまだしゃくりあげながら、ようやく彼から一歩離れた。 「なんで、謝るんだ?」 「黙っていたことがあるの」 リグは、ローブのポケットから一振りの短刀を取り出した。 水晶でできた細身のレイピア。刀身をかざしたとたん、洞窟の壁の方解石と呼応するように、まばゆくきらきらと瞬き始める。 ギュスターヴは口をあんぐりと開けた。 「あの部屋を逃げ出すとき、とっさに宝物台からこれだけ掴んできちゃったの。鞘はその拍子に抜け落ちてしまったけど」 リグは、こわごわと上目遣いに彼を見上げた。 「もしこれのせいで、あいつが追いかけて来たんだとしたら……こんな危険な目に会ったのは、私のせいだわ」 ギュスターヴは、その言葉が終わるや否や、ポケットに隠していた右手を差し出した。その手には、レイピアとぴったり同じ形の、大粒の水晶をはめこんだ鞘が握られていた。 彼は大声で笑い始めた。身体をふたつに折り曲げて、それこそ魔導士の命である声も嗄れんばかりに。 「リグ、まったくおまえは、俺の女房になるべくして生まれた女だよ」 |