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The New Chronicles of Thitos

新ティトス戦記


Chapter 25



 夢からようやく脱したばかりだというのに、世界はまるで夢の続きのようだった。
 無数の蜀台に照らし出された【翠石宮】の緑色の天井が、エリアルの視界の中でくるくる回る。
 焚かれた香の香りが心地よく嗅覚を刺激し、意識とともにようやく目の焦点も定まった。
 そのとたんに、背筋が凍った。
 彼女が降ろされようとしているのは、花びらを敷きつめた豪奢な寝台の上であり、彼女を腕から降ろそうとしていたのは、誰あろう、魔族の王ティエン・ルギドだったからだ。
「ル、ル、ルギド!」
 エリアルは悲鳴を上げて、寝台の上でむなしく後じさった。「何をしている!」
「何をしているとは、心外な」
 銀髪の高貴な男は、薄く笑みを浮かべた。
「初夜のために、花嫁をわが宮殿にお連れしただけなのに」
「しょ、初夜?」
 エリアルは、半分引きつったような笑い声をあげた。
「なんの冗談を言っている。あれは――選帝侯会議の決議は、ただの急場しのぎの戯れ言ではないか」
「俺は、戯れ言を言ったつもりはないが」
 彼は値踏みするように、やや首を傾げてエリアルをじっくりと見つめた。そして肩ひもを手にかけ、一息に夜着を剥ぎ取った。
「ひゃあっ」
「そんな色気のない悲鳴を上げるな」
 笑いを含みながら、露わになった鎖骨をゆっくりと指先でなで、首筋に唇を当てる。
「……う」
「そう、それが正しい反応だ」
「なぜ……」
 エリアルは身を硬くし、顔をそむけた。
「なぜこんなことをする。本気で私を娶るとでもいうのか。あなたが愛しているのは、別の女性のはずだ」
「魔族は、四人まで妻帯することが許されている」
「私を妾妃にすると?」
「二番目では不満か。それなら正妃にしてやる」
「そういうことではない!」
 男の身勝手な軽口に、エリアルは突然声を荒げた。涙さえにじむ。どこからこんな憤りが湧いてくるのか、わからない。
「私のことを愛してなどいないくせに、なぜこんなことをすると聞いているのだ!」
「愛している」
 ルギドはまっすぐに彼女の涙に濡れた瞳を見降ろした。
「エリアル。俺はおまえを愛している」
「……うそだ。そんなもの、本当の愛ではない」
「では、本当の愛とは何だ」
「私が決して得られないものだ!」
 エリアルはありったけの力で、ルギドの胸を叩いた。
「私は――私はいつも、誰かの身代わり。それが私の運命だ。父上は最後まで私を兄上の代わりとしか見ていなかった。ジュスタンは、レイアの代わりに私に口づける。あなただって、そうではないか! 昔愛した女性の幻影を求めて得られず、ただの間に合わせに私を抱こうとしているくせに」
 言い募る口をふたたび封じられ、たちまち抱き寄せられる。熱い吐息が耳元に触れたとたんに、皇女のか細い体が、ますます縮こまった。
「ほら、つらい恋ばかりしているから、身体も硬く閉じてしまうのだ」
 有無を言わせぬ口づけ――幾度も。身体が宙に浮き上がるような恍惚感。
「やめ……て、ル……ド」
 エリアルは、その合間に切れ切れにうめいた。
 ルギドは、その懇願を無視し、低くささやいた。
「俺を信じろ。エリアル。愛されるとはどういうことかを、今からおまえに教えてやる」


「くそ、開かねえ!」
 【翠石宮】の大扉のかんぬきを、ありとあらゆる方法で壊そうと試みたあげく、ラディクは回廊に座り込んだ。
「ルギドは、姫さまを本気で――?」
 ジュスタンはその後ろに呆けたように立っている。さっきからずっと放心状態だ。
「まさか」
 ラディクは吐き捨てるように言った。「千歳のじじいが、十八の小娘に本気になるはずないだろう」
「あの方は、アローテの生まれ変わりであるレイアを愛しているはずだったのに」
「魔族に人間の価値観を押しつけても、しかたない。ただの気まぐれだよ」
「――気まぐれ」
「エリアルの侍女たちだって、つまみ食いしてたくらいだぜ」
「つまみ食い……」
 鎮魂歌のリフレインのように、力なくラディクの言葉を反復していた唇が、そのことばを発したとたん、きゅっと引き結ばれた。ジュスタンの灰色の瞳に、ようやく生気が宿り始める――憤怒という名の生気が。
「偽りの婚約をいいことに、一夜エリアルさまを弄ぼうというのか」
「だから、それは人間の価値観で……」
「エパタ・ミージャ!」
 ジュスタンは割れんばかりの大声で開錠の呪文を唱えると、扉に突進した。
 うち開かれた扉の中、玄関にも通路にも広間にも、人のいる気配はなかった。
 当然、玉座にも主はおらず、その後ろの濃緑の大理石の壁には、ルギドの剣、黒い【デーモン・ブレード】が掲げてある。
 そして、玉座のかたわらには、王の居室と寝室への扉があった。
「おい、待てよ」
 ラディクは、荒々しく奥へ歩みだそうとするジュスタンのマントを引っ張った。
「何をするつもりだ」
「ルギドを止める」
「おまえに、そんな権利あるのかよ?」
「権利?」
 ふたりは激しく息をつきながら、間近でにらみ合った。
「わたしは、皇室の従臣だ。エリアルさまの危機を救おうとするのは当然だろう」
「危機と言えるのか? もし、エリアルが自分から、このことを望んでいたら?」
「なに?」
「ルギドとの婚姻を承諾したのは、エリアル本人だろう? あいつだって普通の女じゃない。自分の身を自分で守る力くらいあるはずだ。それをせずに、ルギドの寝室から逃げ出さないってことは、……そういうことじゃないのか」
 ジュスタンはそれを聞いて、蒼白になった。
「エリアルさまが――ルギドを受け入れると」
「ま、女ならば、ルギドの寝所に引き込まれて、その気にならないほうが不思議だ。男の俺でも、目がくらみそうになったもんな」
 ラディクはジュスタンの動揺を横目で眺め、冷たく笑った。
「少なくとも、おまえにあいつの心変わりを責める権利なんて、ないと思うね。あいつの気持を知っていながら、平然と見て見ぬふりをしていたおまえには」
 ジュスタンは床にがっくりと膝をついた。
 ルギドとエリアルが抱(いだ)き合う光景が、頭の中に蜃気楼のように浮かんでくる。
 兄とレイアの情事を想像するときは、怒りで頭が真っ白になってしまうのが常だった。そのまま何もわからなくなって、禁呪を唱えるまで暴走することもあった。
 だが、今は違う。頭は冴え渡っていた。代わりに、恐ろしいほどの喪失感がふつふつと胸の奥から染み出してくる。
 エリアルが自分のそばからいなくなる。その痛みは、まるで臓腑をもぎとられたようだ。
 今の今まで、エリアルを支えているのは自分のほうだと思っていた。敵国の落人である自分を拾ってくれた彼女の恩義に応え、命を捨てても彼女に尽くすのが自分の義務だと思ってきた。
 だが、違った。彼を支え、おのれを与え続けていてくれたのは、エリアルのほうだったのだ。
「ジュスタン?」
 ラディクが異変に気づく前に、ジュスタンは玉座に突進した。
 広間を取り囲む緑石の壁に向かって、黒檀の杖を差し出す。石に属性が最も近い【地】の魔法。
『ギゼルの神殿に煌く金剛石、ダマイの川に沈める藍晶石』
 そして、壁に架けられた黒い剣を手につかんだ。
 その瞬間、刀身がまばゆいほどの茶色の光に包まれた。彼の髪も衣服も、重力から解き放たれたように激しく揺らめいた。
 ジュスタンは剣を斜めにふりかざすと、居室への扉に向かって突進した。
「おい、やめろ!」
 ラディクがあわてて、彼の腕を後ろから羽交い絞めにした。
「バカ! そんなもん使って、この宮殿ごと破壊する気か」
「放せっ」
 もみあううちに、ふたりは勢い余って扉に激しくぶつかり、床にころげた。その拍子に剣はひるがえって、元の色を取り戻した。
「おい、気づいてないのか」
 ラディクはなお、必死で彼を取り押さえようとしていた。「おまえ、たった今、自分ひとりの力で魔法剣を出現させたんだぞ!」
 ジュスタンは、その叫びにも全く無頓着だった。
「エリアルさま!」
 ラディクをふりほどくと、先ほどの衝撃で開いた扉から、中へ飛び込む。
 寝所の入り口で、ジュスタンは凍りついた。そして、そのすぐ後に駆け込んできたラディクも。
「まったく、うるさい奴らだ」
 寝台のルギドは眉をしかめ、口に人差し指を当てた。
「せっかく寝たところなのに、起きてしまうだろう?」
 彼の膝の上で、銀色の髪に全身をベールのように覆われて、エリアルは眠っていた。
 それは、かつて訪れたことのないような深い眠り。彼女はその楽園の中にたゆたいながら、子どものように微笑んでいた。


 次の朝、日が高くなってからエリアルは起き上がった。
 寝台には、すでにルギドの姿はない。だが彼の残したぬくもりが、今も全身を包んでいる気がする。
 両腕をうんと伸ばし、大きな欠伸をする。
 寝所から居室に出ると、侍女頭のモニカが朝のお茶を整えていた。
「おはようございます。エリアルさま」
 彼女は、今日の太陽のように晴れやかな声で、皇女を出迎えた。
「ルギドさまは朝早く、魔族軍の閲兵をするためにお出かけになられました。エリアルさまを頼むと言い置かれて」
「そう」
「今朝はことのほか、お顔の色がよろしいですわ」
 侍女は驚きに目を見張りながら、微笑んだ。
「そうだな。こんなに眠ったのは久しぶりだ」
 エリアルは食卓の席につくと、天蓋を通して差してくる翠の光をぼんやりと見上げた。
「――ルギドは一晩中、私の髪を撫でていてくれた。黄泉の国ならぬこの地上に、こんなに安らげる場所があるのかと思った」
「それは、ようございました」
 モニカは、彼女の前のカップに、磁器のポットから美しい黄金色のお茶を注いだ。
「お食事もすぐに用意いたします。今朝は何か少しでもお召し上がりになれそうですか?」
「ああ。腹が空いて死にそうだ」
「承知しました。では直ちに」
 そして、はっと顔を上げた。「……今、なんとおっしゃいました、姫さま?」


「まったく何もかも、あんたの思う壺だったな」
 石壁にもたれて青空を見上げながら、ラディクはぼやいた。
 皇宮の庭。すぐ目の前には軍装を整え、四万の自軍を馬上で閲兵しているルギドがいる。
「なんの話だ?」
「とぼけるな。あんたともあろうものが、自分の剣を玉座の剣架に置きっぱなしにするわけがない。ジュスタンはその策略に引っかかって、見事に魔法剣を習得してくれたってわけだ」
「さだめし誰かが、後ろからさんざんジュスタンを焚きつけたのだろう」
「途中であんたの思惑に気づいたからな。おかげで、もう少しで【翠石宮】の瓦礫に埋まっちまうところだ」
「それほどの威力だったのか」
「ああ、本人が無我夢中だったとは言え、あれはあんたの魔法剣と比べても、それほど遜色はないと思うね」
「それは好都合だ」
 閲兵が終わり、魔族軍全軍がふたたび一糸乱れぬ整列隊形に戻ると、ルギドはひらりと馬から飛び降りた。
「それで、肝心のおまえはどうだったんだ?」
「俺? なにが」
「俺が試していたのは、むしろそちらの方だったのだがな」
 愛剣を無造作に肩にかつぎ、彼はラディクを振り返ってニヤリと笑った。
「まあ気づいてるはずねえか。俺も人間だったときは、色恋に関してはとことん鈍かったからな」


 本宮に通じる回廊で、ジュスタンとエリアルはばったりと行き合わせた。
 うなだれて通り過ぎた魔導士の後姿を、エリアルは呼び止めた。
「ジュスタン、少し時間はあるか」
「……はい」
 庭園への階段を降りると、丈の高い紫苑が秋風に揺れて、皇女の華奢な身体を隠すほどだった。
 ジュスタンは無言で、少し離れて後からついてくる。
「昨夜のあらましは、ラディクから聞いた」
 エリアルは、背を向けたまま言った。「おまえには心配をかけてしまった。すまない」
「殿下の心配をするのは、家臣の務めです」
「務めか。そうだな」
「エリアルさまは――」
 言いさして、ジュスタンはまた唇を噛みしめた。
「何か言いたいことがあるなら、はっきりと言え」
「いいえ。なんでもありません」
「もしかして、こう問いたいのか? 私がルギドのものになったかと」
 目を伏せて頑なに答えようとしないジュスタンに向かって、エリアルは頭を巡らせた。
「答えは否だ。ルギドとは、何もなかった」
「……」
「本当だ。ただ私を抱きしめてキスをし、頭をなでてくれただけだ。父親が娘にするように」
(本当にそれだけなのか)
 ジュスタンは、声にならぬ声を上げた。
 それなら、なぜエリアルは一晩でこれほど美しくなったのだろう。糖蜜のような金の髪も、陶器のようになめらかな肌も、輝くばかりに濡れた瞳も。自信に満ちた笑顔も。
 見つめるのが、苦しいほどだ。
「疑っているのか」
「いいえ、そんな……」
「そうだな。正しく言い直そう。それは父親と娘の関係とも違っていた」
 ジュスタンは思わず顔を上げてエリアルを見た。
 大切な思い出を邪推で汚されまいとするように、エリアルは彼から顔をそむけ、空を見上げた。
「ルギドは私たちが思っているような、何にも動じない超人ではない。愛する人を敵に回し、孤独にさいなまれるひとりの男だ。彼は全身全霊をもって、私を愛してくれた。それと同じくらい、私を必要としてくれた。私の身体ではなく、私の魂を。だから彼は、肉体の欲望を満たすことは最後までしなかった」
「……」
「いったい誰が、生まれてから今まで私のことをあれほど欲してくれたことがあっただろう。父上も、兄上も、帝国民たちも、皇女としての役目を果たす、ただの人形としてしか、私を見ていない――おまえもだ、ジュスタン」
 ふたりは、まるで生まれて初めて見たように、互いの瞳をじっと見つめ合う。
「だが、ルギドは私を、ありのままの私を受け入れ、愛してくれた。私はあんな満ち足りた時を過ごしたことはなかった」
 それを聞いて、ジュスタンは悟った。
 なぜエリアルが、ルギドの手でこれほど美しくなったのか。自分がそばにいても、やつれるばかりだった彼女が、なぜこれほど幸福に輝いているのか。
 ジュスタンに決定的に欠けていたもの。彼は今まで、本当の意味で人を愛したことがなかったのだ。
 ルギドにはその経験がある。アローテと魂の底から愛し合った経験が。
 妬ましかった。今までの人生で、誰ともそういう愛情を分かち合えなかったことが、気が遠くなるほど悔しかった。
「おまえが、私を救おうと必死になってくれたことを聞いて、うれしかった」
 エリアルはジュスタンから目を離さぬまま、微笑んだ。
「たとえ、それが忠誠心から出たこととしても、それでもうれしいと思った」
「……忠誠心などではありません」
 ジュスタンは、握りしめていた両の拳を、ゆっくりとほどいていく。
「わたしはあなたを、誰にも渡したくなかっただけだ」
「え……?」
「あなたがずっとわたしのそばにいてくださるなどと……どうして、そんな傲慢なことを考えていたんだろう?」
 ジュスタンの灰色の瞳から、雲が流れ出すように雫が伝う。
「ゆうべ、わたしはあなたを失うという恐怖におののきました。自分がどれだけあなたを欲していたかを何も気づかず、与えられることだけに酔いしれて……」
「……ジュスタン」
「赦してください!」
 シオンの花々が千切れんばかりに揺れる。ジュスタンは、エリアルの頭を強く胸に引き寄せた。ふたりは、花の陰に見えなくなった。


「きゃあ、あのふたりってば! ラディクさん、そこから見えます?」
 中庭を目隠しする位置に林立するクスの木の上。
 梢近くの枝から覗き見していたゼルが、興奮してバタバタと翼を打ち鳴らしている。そのそばで寝ころんでいたラディクは、「全然」とぶっきらぼうに答えた。
「あのふたりはとうとう自分の心に素直になれたんですね。今度の騒動で、ジュスタンさんも初恋の苦い記憶を克服して、ようやく二度目の恋に飛び込む決心がついたんですよ」
「どこをどうすれば、頭の中からそういう甘ったるい妄想が出てくるんだ、ゼル」
「じゃあ、ラディクさんはどう思ってるんですか」
「あれは、自分ひとりのものだと思っていたポワムの木に他人が手を伸ばしたので、あわてて囲いをしたようなもんだ」
「ひねくれた見方ですねえ。もしかして、疎外感を感じてません? なんならおいらが慰めてあげましょうか」
 ゼルはラディクの腹にふわりと舞い降りた。
「けっこうおいらって、こう見えても床上手ですよ」
「……鳥肌が立つようなこと言うな。木から落ちるだろ」
「フンだ。失礼しちゃう」
「どいつもこいつも、色気づきやがって」
 ラディクは枝葉にまとわりつく陽光に半分目を伏せ、イライラとつぶやいた。
「まだ情勢は何も変わっちゃいない。レイアとその親衛隊は、別の大陸に移っただけだ。親衛隊の五百人は最強の魔法を操るという。それにユーグ・カレル……あいつの不気味さは底知れない。どうやったら人はあれほど完璧に感情を捨てることができるんだ?」


 新ティトス暦999年10月。
 その年に崩御した皇帝セオドリク二世の後を継いで、皇太子エセルバートが「エセルバート三世」として第38代の皇位に就いた。
 歴史家たちは、世紀末から新しい千年紀をまたぐエセルバート三世の治世の最初の一年を、「平和への移行期」と呼ぶ。
 帝国海軍とテアテラ海軍による【ベアトの大海戦】と、ルギド率いる魔族軍による【テアテラ王都決戦】を最後に、大規模な戦闘は新ティトス帝国内から姿を消したからだ。
 もちろん、水面下での戦いは、それだけにいっそう激しく、この後も続くことになる。
 皇帝即位式は大聖堂で行なわれることが、パロス千年のしきたりであった。
 しかし摂政エリアルは、「戦時ゆえ華美を廃する」という名目で、ごく限られた者だけにしか参列を許さなかった。もちろんエセルバートの心身の負担を配慮したゆえである。
 大盤振る舞いの祝賀会も、華々しい叙勲も下賜の品々もなく、貴族の中にはあからさまに不満を漏らす者もいたという。
 いずれにせよ、庶民には関係がないこと。
 皇宮から焼き菓子や皿などの祝いの品が配られ、即位式の前後三日間が公の祝日と定められ、祝賀の飾りつけで華やかに彩られた石畳の通りは、屋台や大道芸人を目当てに繰り出した民衆でごったがえした。
 人々は、歴史の転換点を目の当たりにできたことを喜び、恒久平和の時代の到来を誰もが確信していた。


 だが祭りの夜、皇都パロスを震撼させる出来事が起こる。
 深夜の裏通り、市民が次々と魔族の襲撃を受け、内蔵を食いちぎられたというのだ。
             




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