新ティトス戦記 Chapter 41 |
デルフィアは、南国の華やかさに満ちあふれた古都である。 『芸術の都』。それが、千数百年変わらぬデルフィアの異名だ。 都そのものは千年前、魔将軍だった頃のルギドに蹂躙され、焼け溶けるほどに破壊の限りを尽くされてしまったが、その後は初代皇帝アシュレイにより再建され、往時の面影をとどめるものも、ここそこに残されている。 たとえば、独特の丸みを帯びた円柱はていねいに接がれて、王宮や、離宮博物館の玄関を今でも飾っている。 かつては拝殿の壁面となっていた貝殻の壮麗なモザイク画は、復元され、目抜き通りの敷石にはめ込まれている。 訪れた観光客は、遊歩道を歩きながら、古代の英雄の叙事詩や神話に思いを馳せるのだ。 吟遊詩人にとっても、この都は歌心を刺激してくれる貴重な遺産だった。 デルフィアに来てからというもの、ラディクは毎日、町をひとりで歩き回っていた。街路樹からこぼれる木漏れ日は、緯度が低いせいか、すでに初夏を思わせる豊かさを持っている。 「そう言えば、誰かが言ってたな」 思わず、つぶやいた。 この世界は球体でできているのだそうだ。ルギドはポワムの実だと言っていたから、少し先がすぼみ、完全な球体ではないのだろう。 真中の一番胴の太い部分が、【赤道】。この付近は高温多湿で、鬱蒼とした熱帯雨林が広がっている。 その少し北、赤道に平行して、【回帰線】と呼ばれる地帯が広がっている。そこは雨のほとんど降らない少雨地帯だ。サキニ大陸などとは、比べ物にならないくらいの広大な砂漠が存在するらしい。 さらに球体の一番てっぺんまで登りつめると、【極地】と呼ばれ、ただひたすら氷の海が広がっている。 そして、そのすべて、球そのものが【ルクラ】なのだ。ティトスは、その中にあって、【極地】と《回帰線》との間にはさまれた、小さな陸地の集まりに過ぎないのだと、彼は教えてくれた。 「彼?」 その話をしたのは、いったい誰だったか。いくら考えても思い出せない。 ラディクは街路樹の一本に背中を預けると、竪琴をつまびいた。 たちまち、興味を引かれた人々が回りに集まってくる。 吟遊詩人は、口笛と竪琴を巧みに使って、作ったばかりの新しい叙事詩に即興の前奏をつける。 白き裳裾ゆらし 碧の回廊めぐる かぼそき声 とうとき帝の枕辺に 春の夜風に乗りて 運ばれん 妙なる癒し ついに長き眠り覚ませり 群衆は朗々たる声に耳を傾けながら、描き出される美しい情景にほうっと溜め息をもらした。 テアテラ女王レイアが、白魔法をもって皇帝エセルバートの病を癒した。 この事実が歌い広められ、聴いた人々が歌の内容を信じれば、敵国だったテアテラに対する帝国民の憎悪は、いくばくかでも取り除かれる。 白魔法に対する偏見も薄まるだろう。 小さな石を海に投げ入れるような、わずかな働きにしか過ぎない。だが、小石の波紋は、いつか対岸にまで届く。 これは、俺がティトスに残す最後の歌になるかもしれないと、吟遊詩人ラディク・リヒターは歌いながら、頭のどこかで自分に言い聞かせている。 ジュスタンは、王宮の屋上からデルフィアの都を眺めていた。 【空中庭園】と呼ばれるにふさわしく、頭上には南国の果樹の葉が生い茂り、日中も心地よい木陰を作り出してくれる。 デルフィア宮は、千年前の建物を大々的に補修して、そのまま選帝侯の居城として使っているのだというから驚く。この屋上にも、大魔導士ギュスターヴや初代皇帝アシュレイが涼みに訪れたのだろうか。 ここから見下ろす都の景色からは、もうすっかり戦争の爪痕など消え去っていた。テアテラとの戦いが終わってわずか数ヶ月しか経たないのに、帝国は再び繁栄への道を歩み始めようとしているのだ。 空き地には次々と新しい石やレンガが積まれ、戦地に駆りだされていた兵たちは祖国に戻り、槍や剣の代わりに鍬や鋤を手にして、畑を耕す。配給制になっていた食糧も徐々に出回り、帝国民の食卓を潤している。 一部の者にしか許可されていなかった他大陸への移動も自由になった。テアテラ軍の攻撃を恐れて休止していた蒸気機関車は、以前のように国土を縦横に走リ回るようになり、各地の工場に石炭や鉄鉱を輸送する。 この美しい古都すら例外ではない。陽に光り輝く壮麗な金色のドームの向こうには、工場の煙突が林立し、上空を煤煙で灰色に染めていた。 「エレメントが、また弱り始めている」 兄のユーグが、ジュスタンの背後に立ち、ぽつりと言った。 「ああ」 ジュスタンは、うなずいた。「皮肉なことだ。戦後の復興は、豊かさと引き換えにティトスの大地に、急速な汚染をもたらしている」 「ミワナ炭鉱にも、大々的な開発計画が持ち上がっていると聞いたが」 「ああ、帝国各地で極端な石炭不足に陥っている。いずれはそうなるだろうな。それを運ぶための鉄道敷設が、まず急ピッチで進むだろう。今までティトスの中で唯一、ありのままの自然を保っていたテアテラが、機械化の波に飲まれる。もう歯止めはきかない」 「テアテラと帝国がずっと戦っているほうが、ティトスの大地のためにはよかったか?」 「やめてくれ。悪い冗談だ」 兄弟は、顔を見合わせて微笑んだ。 「うわあ。いい男同士の兄弟が並んで立ってると、絵になるわあ」 ゼルは王宮の回廊の手すりに両足をかけ、うっとりとした声を上げた。「ねえ、エリアルさま。ジュスタンさんもいいけど、ユーグさんのクールな魅力も、なかなか捨てがたいと思いませんか」 「さあ、どうだろうな」 エリアルは苦笑しながら、廊下をそのまま通り過ぎようとする。 「あ、屋上に行くのはやめたんですか」 「数年ぶりに和解したのだ。兄弟水入らずで過ごさせてやりたい」 「そんなこと言って、このごろジュスタンさんを避けてません?」 図星を指されて、思わず足が止まる。 無意識のうちに、彼とふたりきりで顔を合わせる状況を作らないようにしているのだ。 ジュスタンには、もう寄りかかれない。彼の心の底には、やはりレイアが棲んでいることを感じる。 そう思いつつも、もしふたりきりになれば、彼の胸に崩れこむのをきっと止めることはできない。 平和が訪れ、ようやく身辺をゆっくり見つめるゆとりができた今、エリアルには自分の未来がさっぱり見えなくなってしまったのだ。まるで戦争が、彼女の人生そのものであったかのように。 さらに、兄エセルバートが正気を取り戻したことにより、エリアルは帝国の中の自分の居場所すら失ってしまった。皇帝が玉座にいる以上、もう第一皇女の命令など誰も聞かないだろう。 ――ああ、兄など、あの皇宮の庭にずっと閉じこもっていればよかったのに。 「私はどうかしている」 抱いてはならぬ思いを頭から振り払い、歩みを速めようとして、回廊の突き当たりにいる人影に気づいて、「しまった」と思った。 あちらのほうでも彼女を見つけたらしく、まるで陸上競技の短距離走者のように、猛烈ないきおいで駆けてくる。 逃げ場がない。 「エリアル殿下」 それは、この王宮の所有者であるフェルナンド候の子息、フェルナンド伯だった。わずか七ヶ月前の選帝侯会議では、エリアルを策略によって無理矢理娶り、やがては皇帝の座まで我が物にしようとしていた張本人である。 いつもなら一分の隙もなく粧(めか)しこんでいる伊達男も、今は目の下に真っ黒な隈を作って、ジロリと恨めしそうににらむ。 「殿下のご一行は、いったい、いつまで滞在なさるおつもりです」 「あ、ああ」 確かに、デルフィアでの滞在は、もう二ヶ月近くに及ぶ。最初は旅の前の軽い骨休めのつもりだったが、ルギドがすっかり腰を落ち着けて、動こうとしなくなった。 「海の底の眠りから目覚めてというもの、ずっと戦争続きで疲れた」 というのが、その理由。 パロスの翠石宮から、料理人や侍女たちまで呼び寄せて身の回りに侍らせ、まるで自分の宮殿のようなくつろぎぶりだ。 そして、その間の滞在費――ルギドに関しては、膨大な酒宴の費用までもが――デルフィア財政の負担になっているのだ。 さすがに、エリアルもジュスタンもラディクも、これでいいのかと思い始めているほどだった。 「遠征の準備が今ひとつ調わず、迷惑をかけているが……」 しどろもどろで答えると、フェルナンドは、うっすら目に涙を浮かべて訴えた。 「このままでは、わが後宮の女性たちはあらかた、あの方に持っていかれてしまいます」 「そ、それは、何とも」 エリアルは、笑いを噛み殺すのに必死だ。女たらしで有名なフェルナンド父子の後宮と言えば、帝国中に名をとどろかせているほど大きい。 それをルギドは、わずか二ヶ月で掌握しようという気か。 「今日、あらためて出発の日時について話し合おうと思っている」 「お願いしますぞ」 憔悴の体で去っていくフェルナンド伯の後姿を見送りながら、エリアルは、ふと懸念を緑の目に宿らせた。 「ゼル。ルギドとレイアはいったいどうなっているのだ」 「それが……」 ゼルは、回廊のひさしの陰から、そっと姿を現した。 「うまくいっていないのか」 「レイアさまが、頑固すぎるんですよ」 憤慨するゼルの言うには、ルギドとしては最大限の譲歩をして、レイアに花を贈ったり、好物の菓子を用意させたり、甘いささやきをしかけたりしていたらしい。 ところが、レイアは頑として受けつけず、剣を持ち出す騒ぎになったことも一度ならずあったとか。 すると今度は、ルギドのほうもヘソを曲げてしまって、まるで当てつけのように、後宮の美女たちを侍らすようになったのだ。 「そうなると、ますますレイアさまもご立腹で……もう、自分の尻尾を噛むヘビみたいな悪循環なんですよ」 ゼルはくるくると宙返りしながら、「おいら、もう付き合いきれません」 「せっかく千年ぶりに、夫婦が元の鞘に戻ったというのに」 エリアルは吐息をついた。「どうして、ふたりとも素直になれないのだろう」 ゼルも、呼応したように吐息をついた。「恋愛なんて、長く生きてりゃ上手になるってものでもないんですねえ」 「……ゼル。今のは至言だな」 「あはは、おいら、逆立ちしてるほうが脳みそがうまく働くみたい」 そのとき、回廊の向こうを数人の行列が横切った。 白い夜着をまとったレイア。その後ろには、侍女たちがしずしずと着替えや化粧道具を持ってつき従う。 「湯殿に行くらしい」 ゼルと顔を見合わせた皇女は、その方角に急いだ。 デルフィア宮の大浴場は、まるで庭園の中にいるようだ。白いあずまやとシダの植え込みに囲まれ、吹き抜けの天井からは青空や星空を仰ぐことができる。 湯船は石英の砂を底に敷きつめ、目の覚めるような青の香料で水を染めて、南国の海に浮かんでいるような心地がする。 湯殿に入ると、レイアは侍女が手伝う間もなく自分で夜着を脱ぎ捨て、惜しげもなく裸体をさらした。 エリアルは目を見張る。 (なんと美しいのだろう) 14歳とは言え、魔族の血を引いた体はすでに十分に成熟している。柔らかくくびれた肢体。白くなめらかな肌は、内側から光り出すような輝きを帯びている。 「あなたもいっしょに入ったら」 レイアは、あとをつけてきたエリアルを振り返ると、挑むように笑った。「見てるだけなんて、つまらないでしょ」 「……そうだな」 かすかな劣等感に心を刺されながら、エリアルも服を脱いだ。 湯を浴び、大理石の縁から足をすべらせ、身を浸す。 ゼルは、浴場を取り囲む円柱の装飾の上に、彫刻になりすましたように翼を休め、ふたりの裸体を、うっとりながめた。 「レイアさんて、ミルクみたいな肌だわあ。そんでもって、おっぱいの大きさはエリアルさんのほうが一歩リード」 レイアは、まるで子どものように湯船に顎から下を沈めていた。漆黒の髪がふわりと青い湯の中に広がる。 「なぜ、ルギドに心を開かない?」 エリアルは、柔らかな湯煙越しに話しかけた。 「新ティトス帝国にとっては、あなたがたふたりの不和は由々しき大事だ。テアテラ選帝侯であるルギドと、女王であるあなたが力を合わせねば、テアテラの再建はとうてい成るまい」 「テアテラは、ちゃんと復興させてみせるわ」 レイアは、素っ気なく答えた。「ユーグがいるもの。彼を処刑しなかったのは、この戦いにおける帝国の最大の功績よ。彼が、なんとかしてくれる」 「そうではない。テアテラ国民にとっても、帝国民にとっても、あなたたちふたりの存在が、和解の象徴なのだ。魔法と魔族が忌むべきものではなく、機械文明と共存しうるものであることを、あなたたちが世に長く示していってほしいのだ」 「……無理よ」 「あなたをそこまで押しとどめているものは、いったい何なのだ」 気色ばんで叫ぶエリアルの周囲に、湯がさざなみのように波紋を立てた。 「思い出しているはずだ。あなたは彼の妻アローテ。たとえ新しい生を受けてレイアの人生を歩んでいても、あなたのルギドへの愛情は決して消えていないはず」 「そうじゃない。私を受け入れないのは、彼のほうよ」 「え……?」 レイアの横顔は、固く冷たい彫刻のようだ。 「ルギドは――私を憎んでいる。私が亜麗を食い破って生まれた命だから」 「亜麗――」 「気をつけて見ていてごらんなさい。あいつが私を見る目は、ときどき紅蓮の炎が凍りついたように冷たくなる。ルギドの中の畏王が、そうさせているの。我に返ると自分でも戸惑って、その次の瞬間は極端にやさしくなるから。わかりやすくて、笑っちゃうわ」 エリアルは言葉もない。 「それに」 レイアは湯を弾き飛ばして体をくるりと翻しながら、鈴がころがるような声で笑った。 「私には、ひとりの男の妻になる資格はない――私は娼婦なの」 「まったく、いつまで、こんなところでウダウダしてるつもりだ!」 とうとう、癇癪を起こしたラディクが、ルギドの部屋に怒鳴り込んだ。 「俺は早く、ルクラに行きたいんだ!」 仁王立ちの足の先にいるのは、豪奢な絨毯の上に寝そべりながら、ほとんど半裸と言ってよい恰好をしているルギド。そのかたわらには、何本もの酒瓶が並んだ螺鈿細工の卓。しどけない姿の女性たちが、あるいは彼の体にまとわりつき、あるいは羽根扇で風を送っている。 湯から上がったばかりのエリアルとレイアは、それぞれ別の理由で真っ赤になっているし、黒魔導士の兄弟は、呆れ果てた様子で入口に立っている。 「まあ、それもそうだな」 欠伸しながら、ルギドは答えた。 「そろそろここでの暮らしも飽きてきた頃だし、これ以上待つ意味もなかろう」 「待つ? 何を待っていたというんだ」 「ひとつは、炎の頂の村からの族長エグラの報告だ」 レイアは、はっと息をのんだ。「テアテラの情勢についてか」 「ああ」 「それで?」 「テアテラは平和だ。帝国軍との小競り合いも、この数週間は起きていない。民も春の種まきに勤しんでいる」 「……よかった」 レイアは口の中でつぶやいて、目を閉じた。『民を顧みない無慈悲な女王』という仮面が、ときどき外れていることを本人はまだ意識していない。 そのとき、フェルナンド候父子が、扉のカーテンを押し開けて入ってきた。 「お、お呼びですかな。ティエン・ルギド」 「ああ」 ルギドは、機嫌よく笑いかけた。「出立の時が来たので、知らせておこうと思ってな」 「そうですか!」 はた目に気の毒と見えるほど、彼らは安堵した表情を浮かべた。 「お名残惜しい。もっといろいろと、贅を凝らしたおもてなしを考えておりましたのに」 「そうか、それは悪かったな。もう少し留まろうか」 「いえ! いえ! とんでもない」 この父子が生涯、魔族の王に歯向かう気がないことは、火を見るよりも明らかだった。 「ついては、スミルナまでの鉄道はどうなっている」 「も、もちろん万全の整備をさせました」 十七年前、ラダイ大陸のデルフィアとスミルナの国境に、魔導士の遊撃部隊が襲いかかった。国境の川に渡された鉄道橋が、雷撃魔法で完全に破壊されたのだ。テアテラと帝国が本格的な戦争状態に入る端緒となった奇襲攻撃として知られている。 それ以来長きにわたって、スミルナとの交通は途絶し、国境を越える手段は渡し舟しか存在しなかった。 ルギドは二ヶ月の滞在中に、フェルナンド候に架橋工事を最優先で急がせ、スミルナとの陸路を確保したのだ。 全線の復旧がすでに終わったサキニ大陸の鉄道も含めると、四大陸の従来の鉄道網はすべてつながったことになる。 そして、これより以降、新ティトス暦1000年夏には、テアテラで線路の敷設工事が開始される。帝国のすみずみにまで物資の円滑な輸送が約束されることになるのだ。 ルギドが鉄道にそれだけ腐心したことは、とりもなおさず機械文明そのものに信認を置いたことでもあった。 魔法王国テアテラの復興と、鉄道網の整備。 魔族の王ルギドが新ティトス帝国に託した願いは、魔法と機械の共存であることを、このとき場に居合わせた人々は、しっかりと記憶にとどめたのだった。 国境の川は、【地の祠】という名の遺跡があることで知られている。その上に建つ巨大な黒ピラミッドは、千年間の間にぼろぼろと欠け、今は三角錐の形をなしていない。 「やはりな。三ヶ月の突貫工事では、千年の風雪に耐え得なかったか」 「うわあ。すごい。千年前はキラキラして、さぞ綺麗だったでしょうね」 汽車の窓から景色を眺めているルギドとゼル以外の人間は、ほとんど口を利かなかった。 ラディクの気分が、まるで伝染しているかのようだ。故郷に近づくにつれ、彼の表情は憂うつさを増していく。 「ラディク。きみのご両親や親戚は?」 ジュスタンがおそるおそる訊ねると、 「父親は、俺が村を出たときは生きていた。母親は、その少し前に肺病みで死んだ。あとの奴らは知らない」 怒ったように答えた。 何も事情を知らなくとも、ラディクにとって故郷の村は懐かしい場所ではないということだけはわかる。 海岸沿いの小さな無人駅で降りた一行は、ラディクを先頭にさらに歩き始めた。 鬱蒼と生い茂る赤茶けた潅木を掻き分け、狭い山道を行くと、山腹にへばりつくようなわずかな平地に、数十軒が軒を寄せ合うような村があった。 家の前に座っているのは老人ばかり。若者たちに見捨てられた、死にかけた村だ。 ラディクは、首に巻いたスカーフにすっぽりと顎を埋めながら、うつむき加減で歩いた。見慣れぬ一行に、村人たちは濁った目を向けたが、誰もラディクを見分ける者はいなかった。 古い朽ちかけたような小屋をいくつか通り過ぎたとき、ラディクが前触れなく足を止めた。 「ここは?」 「俺の家――があったところだ」 ラディクの住んでいた家は、跡形もなかった。真っ黒に焦げた柱や梁が地面に倒れ、さらに風雪にさらされて厚みさえ失い、ぼうぼうの草に覆われていた。もう何年も前の焼け跡なのだろう。 「住んでいた人はどうなった」 「村人に尋ねてきましょう」 「いいんだ!」 ラディクは、制止して鋭く叫んだ。 「……わかっている。父親は飲んだくれてランプをひっくり返し、火事で焼け死んだ。――六年前のことだ」 「だけど、先ほどの話では、村にはずっと帰っていなかったと……」 彼はそれに答えず、仲間の視線を振り切るように歩みを再開した。 他の者たちは、しぶしぶ後につき従う。 「四年前、俺はこの村に一度戻ってきた」 突然、背中を向けたまま、ラディクが語り始めた。 「レヴァン親父を殺したパロスの帝国兵どもは、俺の喉を松明の燃えかすで焼いた。窒息して死にかけるほど、ひどい火傷だった。二年間はほとんど声が出ず、歌うなんてとんでもなかった」 「それで村に帰ることに?」 「いや、呼ばれたんだ」 「呼ばれた?」 ラディクは黙って林の中に分け入ると、山肌にからみつく蔓を、ナイフで乱暴に切り取った。 冷え冷えとした空気が真正面から吹きつけてくる。目の前に現われたのは、黒く口を開けた、人ひとりがやっと通れるほどの穴。 「これが、前に話した洞窟だ」 抑揚のない声で、ラディクは言った。「この中に転移装置がある。そして――この中で、俺はジョカルに会った」 「な……」 一同は呆然として、問い返す言葉を持たなかった。 「中は真っ暗だからな。いきなり声をかけられただけで顔なんかわからない。ただ後から考えれば、あれはジョカルだったんだ」 「何があった」 「ああ、どこかへ連れて行かれたよ」 夢見るような口調で、ラディクは答えた。「真四角の白い部屋だった。そこで、俺はほとんど眠っていた。そのあいだに喉の傷を治してもらったらしい。【竜の言語】もいくつか教わったような気がする。それから――」 苦い味に耐えるように押し黙ってから、彼は続けた。 「ルギドの封印の剣を抜く方法を、教えられたんだ」 |