新ティトス戦記
Chapter 43
『マストの見張り番が陸地を発見した』と、水夫長がころげんばかりの勢いで報告しに来たのは、それから二週間後だった。
乗組員たちが左舷に鈴生りになって、南の地平線に目を凝らすと、白いもやの向こうにぼんやりと黒い影が見える。
それが幻でないことがはっきりわかると、歓声をあげて、誰かれなく抱きついた。
近づくにつれて、影は実体となり、巨人が寝そべったような形の、起伏のなだらかな大陸となり、やがて海面に落ちんばかりに茂る豊かな濃緑の森が姿を現した。
「新大陸は本当にあったんだなあ」
ティトスに住む者にとって、長いあいだティトスとは世界と同義語だった。南へ南へとひたすら蒸気の船を走らせながら、船員の半分は、いずれ世界の端の壁にぶつかって、それ以上先に進めなくなり、この旅は終わるのだと思いこんでいたのだ。
まさか本当に、海の向こうに新たな世界が広がっていようとは。
彼らは自分の居場所がわからぬ迷子のような、めまいに似た感覚にとらわれた。
「いったんどこかに上陸して、水を補給したいのですが」
航海長が、そうルギドたちに提案したのは、その夜だった。
長期航海にでる船にとって、飲料水の確保は死活問題だ。魔族、人間の別なく、水がなければ三日と生きてはいられない。
すでに最後の寄港地から三週間以上が経っている。樽の水には緑の藻が浮き始めていた。幸いにして亜熱帯地方特有のスコールが何度かあり、その雨水を溜めてしのいでいるものの、それが尽きれば、飲むことができるのは、ワインやジン・ラムといった酒だけになる。
底なしの酒豪であるルギドならともかく、さすがに一同それでは仕事にならない。
船員たちのあいだに、先行きへの不安がうずまき始めた。
ここらあたりで十分な水、できれば新鮮な食糧を積み込むことができなければ、引き返すという声があがることは必至だ。乗組員の不満が高まって反乱が起きることだけは未然に防がなければならない。
「わかった」と皇女は答えた。「上陸する場所の心当たりはあるのか」
「水を見つける術は、船乗りのイロハでしてね」
鬚ぼうぼうの航海長は、にやりと笑う。
「まかしといてください。海底に棹を差して細かい砂が多ければ、たいてい川がそばにあるもんです。鳥の群れが円を描いて飛んでいれば、その下には水がある。それでダメでも、地面を掘ったり蔓草を集めたり、真水を採る方法はいくらでもありますぜ」
船は帆を降ろし、陸地に沿って慎重に進み始めた。
理想どおりの場所が見つかるまでに、さほど時間はかからなかった。
白い砂を敷きつめた遠浅の入り江。その背後には、鬱蒼と茂るジャングルが立ちあがっている。
「ここから南側は、入り江が深く切れ込んでいて、海峡になっているようです」
海岸沿いに偵察に出た小舟が戻ってきて、水夫たちが報告した。「どうもここは、大陸の一部ではなく、独立した島だと思われます」
「島？ 見たかぎりではわからないな」
「鳴き声のような音も舟から確認しました。ここら一帯には、たくさんの野生の動物が生息していることは間違いありません」
船は沖合に錨をおろし、小舟が何度も往復して、乗員たちを運んだ。
上陸した全員で探した結果、海岸近くの岩場を伝い落ちる湧き清水の流れが見つかった。岩をよじ登ると、さらに大きな澄んだ水だまりを発見し、人々は歓声を上げた。
「樽を運んできて水を詰めるのに、どれくらいかかりそうだ」
「二日から三日停泊できれば。ついでに、食糧になる木の実や動物も採取したいところです」
それを聞いて、エリアルは内心喜んだ。久しぶりに揺れることのない陸地で手足を伸ばして寝られるのはうれしい。
何よりも、もう一月ほど風呂に入っていない。海水を浴びるか、少量の真水で体を拭くだけ。肌も髪もごわごわになってしまっている。
ほかの仲間たちも、この上陸にほっとしているように見えた。もっともレイアなどは、この過酷な旅の中でも腹立たしいほど美貌にかげりが見られないのだが。
「それでは、船員たちは水汲み作業を始めてくれ。わたしたちは、そのあいだに天幕を張り、野営の準備をしておく」
きびきびと命令し終えた皇女の肩を、いきなりポンと叩く者があった。船旅の途中は船底で日がな昼寝を決め込んでいて、あやうく存在すら忘れられかけていた魔族の王だ。
「そのあいだに、俺たちは島を探検するというのは、どうだ」
その顔に浮かんでいる嬉々とした笑みに、ぞっと怖気をふるったのは、エリアルだけではあるまい。
熱帯のジャングルというものをティトスの民が闊歩するのは、歴史上これが初めてだった。
酒場女の衣装を思わせる毒々しい色の花。王者の羽根扇のような木々の葉。珍妙な形をした肉色の雌しべ。
名前もわからぬ羽虫が、ゆったりと海中を泳ぐように飛び回っている。
「気をつけろ。あたりに不用意に触るな。どんな毒があるかわからぬぞ」
ルギドの警告に、みな手袋をはめ、特に足元の装備を固める。
ほぼ飽和状態に近いほどの湿気。ほどなく一行は、頭から水をかぶったような滝の汗にぬれそぼった。
「おい、いつまでやせがまんして、そのローブを着るつもりだ」
「だ、大ギュスターヴは、魔導士はいついかなることがあっても、ローブを脱がないものだと……」
「そいつ、こんな南の大陸まで来たことがないと思うぜ？」
「あああっ」
ラディクの挑発に負けて、ついにジュスタンまでがローブを、親の仇のような勢いで脱ぎ捨てた。
「ジュスタンは、以前に比べて精神年齢が下がったようだな」
ルギドは、その様子を振り返りながら溜め息をつく。
「人生を生き直しているのよ。彼は」
レイアはそっけなく言った。「今まではずっと、父親や祖国のために、自分を犠牲にしながら生きていた。もう一度、幼児からやり直すのも悪くないわ」
「少しは責任を感じているのか」
「多少はね」
テアテラの女王は苦い笑いを浮かべる。
「無理に記憶をねじまげてしまったことが、ジュスタンの心の混乱の原因だったんだもの。でも、私にはどうしようもない」
「なんなら責任を取って、一生寄り添ってやればどうだ。あいつは、【レイア】にとって初恋の相手だったのだろう？」
「本気で言ってるの？」
「この際、何もかもやり直すのも悪くない。俺たちの腐れ縁もそろそろ断ち切るときかもしれん」
「……そうね」
ラディクが後ろから、ふたりの腕をぐいとつかんだ。「仲のおよろしいことで」
そして、殴られる前に、さっと間をすり抜けて行ってしまう。
「その反対に、ラディクはいっぺんに老成してしまったようだな」
ルギドは紅い目を細めて、同じ色の瞳を持つ子孫を見つめた。
「無理もない。もうすぐ、いやでもおのれの運命と向き合うことになる」
その上空では、ゼルが一部始終を見守りながら、ただひとり、風に乗ってふわふわと涼しげに飛んでいた。
「ふむふむ。この硬直した状況を打開するには、奇策が必要よねえ。おいらがラディクさんを無理やり手ごめにし、ジュスタンさんとエリアルさんを、くっつくようにそそのかし、最後に、ルギドさまがレイアさまとよりを戻す。それか、いっそのこと、おいらがルギドさまを誘惑して、怒ったレイアさまはジュスタンさんとくっつき、エリアルさんがラディクさんのお嫁さんになるっていう作戦はどうかな」
ブツブツひとりごとを言いながら、梢から梢へと渡る。ここの樹木はティトスには見られないものばかりだ。
ふと気づくと、見覚えのある形の葉が混じっていた。ラディクが北の森で歌の力によって変容させたものだ。しかも、その木には、たくさんの熟した実がたわわな房となって垂れ下がっていた。
「わ、これ美味しそう。おいらの大好きなフィギエに似てる。食べられるかな」
毒があるかもしれないと主人に釘を差されていたことも忘れ、ゼルは舌なめずりをしながら近づいた。
そのとき同時に梢に舞い降りた一羽の巨大な鳥と、間近で目がかち合った。
「ぎゃあああっ」
ジャングルに響き渡った悲鳴に、一行はとっさに武器を構えて頭上を仰いだ。
急降下し、すんでのところで地面にぶつかりそうになった小さな飛行族を、ローブを脱いで身軽な戦士の装備になったジュスタンが、さっと腕を伸ばして受け止める。
「お、お化け鳥だあっ」
恐怖のあまり半泣きになったゼルは、ジュスタンの手の中でばたばた翼を打ち鳴らした。「見たこともない、キッカイな鳥がいたんですよお」
ラディクはあきれ顔で、横からピンと指で彼女の頭をはじいた。「きっと、向こうもおまえを見て、おんなじことを思ってるぞ」
「だって、だって、とんでもなくでかくて、まるで道化師みたいに赤や青の化粧をして、頭にド派手な黄色の髪飾りを乗せてるんですよ！」
バサバサという羽ばたきの音とともに、大量の枝葉が降ってきた。空に舞い上がる大鳥を目撃した者は、ゼルの描写が決して誇張ではなかったことを知った。
「なんだ、あれは！」
「あんな鳥は、見たことがないな」
「まさか、このあたりは、生物の体系がティトスとはまったく違うのか」
「ありゃあ、どんなにひいき目に見ても、食べられそうにないな」
彼らは緊張してあたりを見渡した。用心しながら、ふたたびジャングルの奥への進軍を再開する。
今度は彼らの前を大きな獣が、のっそりと横切った。鼻先は尖って細長く、全身が固い緑のうろこに覆われている。
「巨大アリクイが青銅の鎧を着てる……」
「うわあ。先ほどの鳥に輪をかけて不味そうですね」
『イオ・バラル』
ルギドの懐かしげな呟きに、全員の血が凍った。「召喚獣なのか！」
「いや、【実験体】のひとつだというだけだ。とりたてて、たいした能力はない」
「じゃあ、さっきの鳥も【実験体】ってことか」
「そんなやつらが、うじゃうじゃいるって、ここはどういう場所だよ」
顔を見合わせたまま立ち止まっている一同を置き去りにせんばかりに、ルギドは歩みを急いでいる。「行くぞ」
こんなところで取り残されたくない若者たちは、しぶしぶ後を追った。
「【実験体】とは、結局なんなのですか」
ジュスタンは、いまだに震えているゼルを片腕に抱きながら、ルギドに訊ねた。「自然には存在せず、ルクラの人の手によって創り出された生命――ということでしょうか」
ティエン・ルギドは肩をすくめ「いや」と答えた。「生命の創造は、ルクラの最高の科学をもってしてもできなかった。彼らの実験とは、種類の異なる生命体の交配だ」
「交配……あの、作物の種をかけ合わせる、あれですか」
「普通ならば、異種間の交配は不可能だ。染色体の構造が基本的にまったく違う。だが、彼らは人為的に【細胞融合】を起こすことで、それを可能にした」
ジュスタンは神妙な面持ちで聞いている。ルギドの言葉が半分も理解できない。
まるで、ルクラ人の進んだ科学に精通した者のようだ。ルギド自身には、それほどの知識はなかったはずなのに。取り戻したばかりの畏王の記憶がなせるわざなのだろうか。
夜のような暗さの中、倒木や、踏むとズブズブと沈み込む落ち葉の堆積、からみ合う蔓が足の進みを遅くする。
だが、勾配が上がるにつれ、梢を透かして光の斑が忙しくちらちらと瞬き、ジャングル全体が明るくなった。空の青が久しぶりに頭上に覗いたと思ったとき、ようやく目の前が開けた。
だが、その光景はあまり喜ばしいものではなかった。
頂上の岩場に深い穴がくり抜かれ、無数の木の枝が敷き詰められていた。もしこれが鳥の巣だとすれば、どれほど巨大な鳥だと言うのだろう。
そしてもっと悪いことに、近づくにつれ、木の枝と見えたものは動物の骨であることがわかったのだ。
「ずっと疑問に思っていたのだが」
エリアルは憔悴した声でルギドに言った。「彼らの種族はどうして、骨を自分の体の下に敷くのだろうな」
「美意識の相違だろう。俺は人間を食べた後も、食べかすを寝台に置きっぱなしにしたりはしなかったぞ」
「あんた、まさか、こいつがいることを知っていて、あえて俺たちをここに連れてきたなんてことは――」
「そんなはずはなかろう。可愛い部下たちを危険な目に合わせるなど、俺にはできん」
「今までだって十分、危険な目にあわされてきたと思う！」
ラディクは怒る気も失せて、口を閉じた。そもそも【実験体】が闊歩している島だということを知った時点で、とっくに悟っているべきだったのだ。
【あれ】もまた、ここに棲んでいるという可能性を。
思考をめぐらす間もなく、みるみる空が翳った。雨の前ぶれに似た、湿った熱い突風が吹き荒れた。
腐った卵のようなにおいの蒸気を吐きながら、竜がゆっくりと翼を折りたたんで着地する。
サキニ大陸南端の【竜の神殿】で出会った、黄金のうろこをした竜だ。
[イオ・ラドム]
ルギドは、落ち着いて腰の剣を鞘ごと引き抜きながら、竜の足元に歩み寄った。
[イオ・ルギド。なぜここへ]
[ルクラへ行くつもりだ。【始まりの地】へ行って、すべてを終わらせるために]
[それでは、通すわけにいかぬ]
竜の鬚が細かく震え、髪の毛を逆立てるような波動が襲ってきた。[我の役目は、家畜どもめの見張り。奴らを間引き、おのれの力で【牧場】を離れようとしたとき、滅ぼすこと]
[愚かな。おまえにその役目を与えた者など、とっくに消え失せたというのに]
[それがどうした。我が兄弟よ。おまえのやろうとしていることも、結局はティトスの生命を滅ぼすことではないか」
[滅ぼすのではない。ティトスをやつらの陰謀から守るだけだ]
[同じことだ。ルクラが滅びれば、ティトスもいずれ滅びる]
竜が【滅び】という言葉を口にするたびに、聞く者の心に言いようのない虚無感が襲ってくる。これが竜の言語の力だ。
[やってみなければわからぬ。イオ・ラドムよ。これは、命をもてあそばれた俺たち【実験体】の闘いでもあるのだ。おまえも俺に力を貸してくれぬか]
[断わる。今さら、我ら一族のやり方を変えるつもりはない]
あっと叫んだときには、もう遅すぎた。竜はふわりと翼を広げて舞い上がると、炉の蓋が開いたような赤い口を、かっと耳元まで開けた。
空気をつんざく轟音とともに、炎と閃光が放たれた。
「しまった！」
エリアルが絶叫しながら背後を振り返る。竜の炎は、まっしぐらに【うるわしのティトス】号が停泊している入り江に向かって行く。
[イオ・ラドム！]
ルギドの剣が放たれたとき、すでにそれは地のエレメントの茶色の光に包まれていた。
レイアは空に向かって、すっと両腕を差し伸べた。『ムタールの慈悲深き神。我の回りに守りの輪を開き給え。汝のしもべを嘉し給い、聖き聖所より御翼打ち開き給え！』
ジュスタンは黒檀の杖を胸の前に構える。
『アマエラよ、アマエラよ、空に舞う氷霜よ。冷たき衣をまといし者たちよ、我の命に従え』
ラディクは大きく息を吸い込むと、地を震わすような低い声で歌った。
「聖なる森の樹を冠に頂き
遠き雷鳴を矢につがえよ
コロヌス・ビルラ
ディサ・イルラ」
突然、森がざわめき立ち、ちぎれた木の葉が生き物のように集まって、竜巻となった。エリアルはラディクの視線を感じて、その意図を察した。渦巻く木の葉の台座の上にとっさに飛び乗ると、そのまま革鎧の肩章の房飾りを花嫁のヴェールのようにたなびかせ、あっという間にドラゴンの頭上まで舞い上がった。
ルギドは岩場を駆け上がり、竜の背後に回った。地の魔法剣を逆手に持ち変えると、もう片方の手に、さらに茶色の光球を生み出す。
黄金竜は振り向き、ふたたび口を開けて、ルギドの真正面から炎を吐きだした。
だが、ルギドは微動だにしない。炎の奔流は驚くべきことに、彼を避けるようにふたつに割れた。
レイアの絶対魔法防御呪文が発動したのだ。
ルギドはそのまま、剣で光球を刺すように突き出した。炎を吐いたばかりのイオ・ラドムの口に、その威力は直接注ぎ込まれた。
ついで、ジュスタンの氷の上級呪文が完成する。
地面から氷柱が現われ、黄金竜の足をよじ登るようにして、氷の膜で覆う。
竜は、蒸気を吹きあげ、長い首を振りまわし、苦悶の絶叫を上げた。大地を踏み鳴らして強大な尾で敵どもをなぎはらおうとしたが、凍りついた下半身は、気づいたときにはすでに自由を失っている。
そのとき、エリアルが空中から舞い降り、竜の背中に勇者の剣を振り下ろした。
[おのれ、下等生物ども……っ]
みるみるうちに、背中の光輝く黄金の鱗が黒い血に染まる。
蒼の眼球に怒りをたぎらせて、もだえる巨大な竜に、ルギドは抜き身の剣をぶらさげ、岩の頂から冷やかに見下ろした。
[どちらが下等だったのだ、イオ・ラドム]
[なに？]
[少なくとも、この限りある弱き生命のほうが、俺やおまえよりもはるかに強く、生きたいという意志を持っている。生命として下等なのは、どちらなのだろうな]
答えはない。ティトスで最後の竜は、どうと土煙を上げて地面に倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなった。
「やっつけたのか」
砂埃を避けてうずくまっていたラディクは、ゆっくりと顔を上げた。「世界最強の竜を、これほどあっさり倒しちまうなんて……俺たちはいつのまに、こんなに強くなってたんだ」
だがエリアルは、打ちひしがれたように力なくうめいた。「……強さなど」
鎮魂の手印を結び、剣を鞘におさめると、皇女は身をひるがえして、ジャングルを駆け下り始めた。
「そうだ。船が！」
ほかの仲間たちも即座に後を追う。
【うるわしのティトス】号は、ほぼ無傷だった。
「マストの先が一本折れ、帆布が焼け焦げましたが、船体そのものは被害を受けていません」
航海長は、そのときの恐怖を思い出して冷や汗を拭きながらも、誇らしげに報告した。「ゼルさんの通報のおかげで、すぐに沖へ避難できたからです。上陸していた者たちも、ジャングルに隠れて全員無事です」
この島がイオ・ラドムの住処であることに気づいたとき、ルギドはすぐさまゼルを伝令に出していたのだ。
「修理はできそうか」
「優秀な船大工を乗せてます。四日もあれば、新品同様の船にしてみまさあ」
「四日――しかたないな」
先を急ぐことをあきらめかけたエリアルが仲間のもとに戻ると、ルギドはこともなげに言った。「では、俺たちだけで行くぞ」
「私たちだけで？ 船を置いてか」
「どのみち、これからは内陸の道を進むことになる。ここは船が待機するには格好の入り江だ。水も食糧も豊富に得られる。攻撃をしかけてくる竜はもういない」
「内陸……目的地への道は、ここからつながっているのか」
「ああ。さほど遠くはない」
出発まで、さらに二日をかけて、彼らは徒歩での行軍の装備を整えた。
念のためにもう一度、島をくまなく捜索し、水夫たちをおびやかす危険な生物がひそんでいないかを確かめた。ゼルが見つけたフィギエに似た果実は、鳥だけではなく人間も食べられることがわかり、貴重な生鮮食料として総出で収穫した。
ジャングルで出会ったオオアリクイに似た動物は、人間を怖がらないので、捕まえて荷物の運搬に使うことにした。もともと草食でおとなしい性格らしい。
日が昇るとすぐ、一行は一ヶ月以上も旅をともにした船員たちと別れ、二艘の小舟に分乗して出発した。
島影をぐるりと回りこむ。偵察隊の報告したとおり、大陸と島を分ける狭い海峡があった。
海底の岩棚が光の紐をゆらめかせながら透けて見える。干潮の時間帯には、汽帆船の五枚羽根のスクリューがぶつかり、たちまち壊れてしまうだろう。
徐々に海峡の幅はせばまっていく。海面から垂直に岩壁がそそり立ち、真昼だというのに陽の光が届かず、波もない。二艘の小舟は、ゆっくりと黒いタールのような海面をすべった。さながら洞窟の中を進んでいるようだ。
上を見上げても、岩壁から突き出る低木やシダ類で空が見えない。ときおり岩肌から白い糸のような滝が伝い落ち、心地よい水音で静寂を破った。
突然、目がくらむほどの眩い光が、海峡の底を射た。上空の岩壁の一部が切れ、そこから射し込んだ真昼の陽が、海峡の壁に当たって乱反射しているのだ。小舟の下は白い光の海と化し、乗っている者たちは、まるで空に浮き上がりそうな錯覚を覚えた。
「あそこから上陸する」
ルギドは舟の上で立ち上がり、瞳を溶鉱炉のように輝かせながら光の来る方向を指差した。「ゼル」
「はいっ」
ゼルは、長いロープの先を受け取ると、すばやく上空への気流を捉え、矢のように上空へ舞い上がった。
地上と海面とのあいだに、しっかりと登頂用の径路が結ばれた。
小舟を操っていた船員たちに、エリアルは言った。
「一艘だけをここに残して、おまえたちは入り江に戻ってくれ」
「いつ、お戻りで？」
「二日に一度、ここへは様子を見に誰かを寄こしてくれ。伝言があれば、ゼルに届けさせる。だがもし――」
皇女は考え込むように少し間を置いた。だが実際には、とっくに答えは出ている。
「三十日経っても戻らず、何の連絡もない場合は、私たちのことは忘れて、自分たちだけでティトスに戻ってほしい」
ルクラ人たちの過去の歴史をあばき、ティトスのなりたちの秘密を解明するのだ。ことによれば、彼らは無事にティトスに帰ることができないかもしれない。真実を知るために、命を引き換えにしなければならないかもしれない。
だが、それでも退くわけにはいかない。ティトスを守るために。
彼らはそのために、国を越えて種族を越えて、ここに集められたのだから。