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The New Chronicles of Thitos

新ティトス戦記


Chapter 8



 窓の外で鳴き交わす小鳥たちのさえずりに、眠りを覚まされた。木々の枝葉を透かして、澄み切った青空が見える。
 うるわしき帝都パロス。
 サルデスの街では寝床から毎日、煤煙に黒く汚れた壁と澱んだ空ばかり見ていたのだなと、あらためてジュスタンは思った。


 火薬で破壊された鉄道の復旧が終わり、帝都に戻ったのが一週間前の午後。数えて十日ぶりの帰還だった。
 その十日のあいだ何をしていたかと言えば、サルデス市街地にとどまり、帝国正規軍に合流していたのだ。
 というより合流せざるを得なかったのだ。サルデス城の地下から穴を抜けて地上に上がったとき、驚いたことに、そこは旗や槍や銃剣が立ち並ぶ帝国軍の最前線だった。
 帝国軍のほうも、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。背後の工場地帯の中で起こった大きな異変に続いて、今度は真正面にぽっかり開いた地面の穴から、帝国のやんごとなき第一皇女がぬっと頭を出したのだから。
 砲弾の雨の中から救い出されると、エリアルはそのまま司令部の席に招じ入れられた。
 しかしながら、ジュスタンは帝国軍が徴用する民家で、数日間起き上がれなくなってしまった。【禁呪】を使う報いはあまりに大きい。自分の持つすべての魔法力を消費すると、生命そのものさえ蝕むのである。
 自分の意志で【禁呪】を唱えたわけではない。怒りで頭の中が真っ白になり、そのあとの記憶すらない。あげくに気を失って、あろうことか、誇り高い魔族の王子に彼の身体を背負わせてしまった。地面に叩きつけられ、口を極めてののしられても当然なのだ。
 【大魔導士の書】には、魔導士の第一の資質は冷静に状況を見きわめることだと記してある。おのれの情けなさに、寝台の中で涙する日々だった。
 ルギドはと言うと、地下の穴から這い上がったときには、とっくに姿が消えていた。公然と帝国軍の前に出るのを嫌い、鍛冶屋オブラの家に身を寄せたものと見える。そして、オブラの使いと名乗る魔族が、ルギドの指示をエリアルのもとに運び始めたのは、それからほどなくだった。
 彼の命令は、そのまま皇女の命令として司令官に伝えられた。最初はイヤな顔をしていたヴァルギス将軍だったが、その戦略はあまりに的確で、非の打ち所がなく、それからの数日、帝国軍は市街戦においてことごとく勝利を収めた。
 もともと、遊撃軍の工場爆破を見込んで撤退の素振りをしていただけのテアテラ軍だった。目論見が外れたうえに、帝国軍の巧みな追撃をかけられて総崩れとなり、今度は本当の撤退を余儀なくされたのだ。
 将軍の態度に、エリアルに対する尊敬の念が混じり始めた。
 十日後、サルデス市内から五千のテアテラ軍はほぼ駆逐され、海上に退いていった。
 数年ぶりに味わう帝国軍の大勝利だった。


 戦勝の知らせに沸く皇宮に帰還したとき、さらに熱狂を巻き起こしたのは、エリアルの手で持ち帰った【勇者の剣】だった。
 名だたる歴史家や美術の専門家が呼び集められ、数日の大がかりな鑑定を経て、サルデス城跡から発見された剣は、間違いなく千年前に初代皇帝アシュレイが若かりしころに拝領した本物の【勇者の剣】であると認められた。もっとも、実物を見たことのある男が認めているのだから、間違いのあろうはずもないのだが。
 一般に流布している歴史によれば、アシュレイは新ティトス帝国の皇帝の位に就くとき、「ふたつの称号は要らぬ」と言って、みずからサルデス王室に勇者の証である剣を返上したことになっている。
 パロスの人々は、この剣がふたたび皇室の手に戻ってきたことに興奮した。それはあたかも、皇帝がふたつの称号を得たとき、ふたたびティトス全土に君臨することができるのだと、誰もが信じたがっているようだった。この十年、衰退の一途をたどってきた帝国の臣民たちの、はかない希望だった。
「自分では何もできない貴族どもめ」
 ジュスタンは寝台の上に再び寝転んで、天井を仰ぎながら、苦々しくつぶやいた。
 あんな者たちの怠惰な生活を守るために、エリアルは女でありながら自分の身を戦場に置き、滅び行く帝国の運命とひとりで戦っている。皇女として、たおやかであるように育てられた彼女には、本当はそんな強さはないのに。
 強くなりたい。力がほしい。
 チカラガ、ホシイ。
 あの【魔法剣】さえ自分に使えれば。


「こんなに、御髪(おぐし)が痛んでしまって」
 乳母はエリアルの金色の髪をくしけずりながら、嘆いた。
 朝の湯浴みをしたあと、皇女の全身を調べながら下着を着せ、
「髪を梳くのは、かつて姫さまのむつきを替えたわたくしの仕事」
 そう言って、侍女がどれだけたくさん控えていても、決して他の者にその仕事を譲ろうとしない。
 エリアルよりもエリアルのことをよく知っているのは、乳母かもしれなかった。その目を逃れて秘め事を持つのは、不可能に近い。
「どなたか、想いを寄せておられる殿方でも?」
 ジュスタンが皇宮に来て数ヶ月経った頃、最初にそう訊ねたのは彼女だった。あのときのエリアルは15歳。自分でさえ自分の想いにまだ気づいていなかったというのに。
「女人というものは、恋をすると肌が美しくなると申します」
 乳母はエリアルの薄紅に染まった頬をやさしく撫でながらそう言うと、それ以上の詮索はしなかった。
 あれから二年経った今は、手入れをしない髪はばさばさ、日に焼けた肌は荒れ放題だと、文句を言う。
「しかたあるまい。私が身を置いているのは、サロンでない、戦場なのだ」
「ですが今宵は戦勝祝賀会。久々に髪を結い上げて、ドレスをお召しになりますのに」
「まだ時間はある。今はこれでよい」
 と言って、騎士装束に身を包む。
 せめて皇宮の中では、窮屈なサークレットなどに御髪を押し込めないでくださいましと乳母に懇願されて、エリアルは髪を長く垂らしたまま、部屋を出た。
 帝国に平和が戻るまで、女であることを捨て、騎士になりきるつもりだった。ジュスタンの前では、特に。
 だが、こんな気だるいほど平和な朝、湯の中で自分の乳房をまさぐるときには、おのれが女であることを嫌というほど思い知らされる。
 謁見の広間では、祝勝会に出席する者がぞくぞくと皇女に挨拶に訪れていた。
 今夜の主賓は、サルデス駐留軍の司令官であるヴァルギス将軍。
「殿下には、連戦のお疲れも見えませず、ご機嫌うるわしゅう」
 勲章に彩られた正装の司令官は、部下たちとともに拝礼する。
「はるばる大儀であった。して、あれからサルデスの様子は」
「テアテラ軍は、負傷者の護送のために多くは本国に帰還。残りの船もエペ方面に退き、【内海】は完全に沈黙を保っております」
「油断はするな。テアテラの軍船は魔法の風を帆がはらむゆえ、蒸気船に劣らぬほど船足が速い」
「奇襲には万全の備えをしておりますゆえ、お心安んじられますよう」
「礼を言う。ヴァルギス。このたびの戦勝、貴公ら帝国の将と兵が力を合わせ、身を粉にして働いた成果だ」
「おそれながら殿下の戦略のみごとさゆえでございます」
 そのときの将軍の顔は、ふだんの頑迷さが嘘のように、笑みが湛えられていた。
「いや、殿下の仕掛けられた術に、敵も味方もまんまとはまりました」
「私の仕掛けた――?」
 エリアルは、意味がとれずに眉をひそめた。
「あの決戦の前夜、司令部にまかり越され、戦線を拡大するなと命じられましたでしょう。あれは、浅慮なわたくしめを、反対に煽るためだったのですな」
「え?」
「兵たちの中にも、テアテラ軍撤退の噂をわざと流されたとうかがっております。あの噂のせいで兵士は鼓舞され、敵の敗走に合わせて、ずんずんと前線を押し上げていきました。敵の狙いが工場の爆破であることをごぞんじだった殿下は、失礼なたとえながら、我々の命を『見せ札』として大きな博打に打って出られたのでございましょう」
「……」
「いえ、怒っているのではございませぬぞ。むしろ、殿下のあざやかなご英断に、将軍ヴァルギス、感服いたしました。敵の策謀に乗った振りをして、反対に敵を完膚なきまでに叩きのめす。こんなことでもなければ、サルデスから敵を一掃することは、むずかしかったでしょう」
「そんな……私は」
「皇帝アシュレイの【勇者の剣】、エリアルさまの御手に握られることを、みずから望んだのやもしれませぬな」
 彼は目を細めて、玉座のかたわらを見やった。銀製の台座の上で、【勇者の剣】は、磨き上げられてまぶしいほどの光を放っていた。
「殿下には、大きな借りができました。これからはこの老身、殿下の命令には何をおいても従いますゆえ、あのような計略は無用にねがいますぞ」
 エリアルは茫然と、上機嫌で広間を出て行く司令官の後姿を見送った。
 何が何やらさっぱり話の見えないエリアルも、ただひとつだけは、おぼろげに理解できた。
 すべてはルギドの計略どおりに、ことが運んでいるのだということを。


 ラディクの部屋には、大小の竪琴がずらりと並び、一軒の店を開けるほどだった。
 あの戦場で、敵魔導士の冷気魔法を受け、背中に凍傷を負った上に、持っていた竪琴をだめにしてしまった。
 おまけに工場の瓦礫の中から、やっとのことで這い上がると、駆けつけた帝国軍の兵士にとっつかまり、エリアルに発見されるまでの丸二日のあいだ、ラディクはサルデスの臭い牢獄に入れられていたのだ。
 それを気の毒に思った皇女が、楽器屋に命じて、パロス中の竪琴をかたっぱしから取り寄せてくれたわけだが、それですっかり機嫌が治ってしまっている自分を、我ながら現金だと思う。
 ラディクはその中でもとりわけ気に入った、音色の深くまろやかなものをひとつ選ぶと、戸外に出た。よい竪琴を手にし、おまけに天気もよいとなれば、歌いたくなるのは吟遊詩人の性というものだろう。
 それに、じっとしていると身体がなまる。毎日何もしなくても、召使が三度の食事を運んでくる。寝る場所と着る服の心配をしなくていい。皇宮でこんな生活を続けていると、いつしか、この遊蕩に満ちた生活に慣れきってしまいそうだ。
 牙を抜かれる前に、ここを出なければ。
 考えながら歩いているうちに、ラディクはいつのまにか、今まで来たこともなかった皇宮の中庭に迷い込んでいた。
 冬の訪れを告げる俯きがちの白い花が庭いっぱいに風に揺れ、木々の梢がはらはらと枯葉を落とす中、中央のあずまやに、ひとりの若い男が座っていた。ラディクが近づくと、ゆっくりと立ち上がる。
 エリアルと同じ色の髪を前に長く垂らしているのは、額の傷を隠すためだ。隠れていないほうの目が、いぶかしげに見開かれた。
「だれだ……?」
 ラディクは片手を後ろに引いて、大仰に礼をした。
「旅の吟遊詩人でございます。皇太子殿下」
「なぜ、ここに入れた?」
「エリアル様にお許しをいただいたのです」
「目が紅いのだな。まるでウサギだ」
 それを聞いたラディクは、ほほえんだ。
「目が紅いと、白い花が紅く見えるかもしれませんね」
 皇太子エセルバートはゆっくりと近づいてきた。見知らぬ少年に警戒心を持ちながらも興味を引かれたようだった。
「何をしに、ここに?」
「吟遊詩人は、歌をうたうのが仕事でございますれば」
「歌? 何の」
「なんなりと、お好みのものを」
 若者はそれを聞いて、目を輝かせた。「ウサギの歌をうたえるか?」
 ラディクは、大理石の椅子に腰を下ろした。
「ウサギの歌ですね。承知しました」
 手早く調弦をすますと、小動物が跳ねるようなリズムで竪琴をかき鳴らす。

  ジャッカルは 爪を研ぐ
   大きな木の根っこで きしきしと
  それから 眠くて大あくび
   獲物を裂いてる 夢を見る

  野ウサギは 耳伸ばす
   大きな木の根っこで ぴくぴくと
  それから いびきを聞きつけて
   ジャッカル見つけて すたこらさ

 ラディクはひょうきんな明るい詩を、いくつも歌った。
 その合間に、子どもがふざけるようにエセルバートとくつくつ笑い合う。皇太子はいつのまにか、無二の親友のように彼の腕に抱きついていた。
 歌い終わったとき、風も小鳥も音を失って、しんと静寂が訪れた。ラディクは顔を寄せて、皇太子の耳に聞こえるか聞こえないかの声でささやいた。
「汚いことは、みんな忘れているのだろうな。まして、ひとりの男を死に追いやったことなど」
「え?」
 きょとんと水色の目を見はるエセルバートを眼下に、彼は立ち上がった。
「今日は、これでおいとまをいただきます。殿下」
「また来てくれるか?」
「はい。お呼びくだされば、いつでも」
 ラディクは深々とお辞儀をすると、いつまでも自分を見つめている皇太子を残して、その場を立ち去った。
 庭のバラの門を出たところで、エリアルが立っているのに出会い、たじろいだ。長い髪を風に揺らすがままの彼女を見るのは、はじめてだったのだ。
「礼を言う、ラディク」
 皇女は、頭を下げた。「あんなに楽しそうな兄上を見たのは、久しぶりだ」
「吟遊詩人は、請われれば誰のためにでも歌をうたう。相手がたとえ悪魔であってもな」
 ぞんざいな調子で答えると、彼女の横をすりぬけた。
「おまえは、兄上の前ではあれほど優しい表情ができるのに」
 エリアルは、その背中に向かってつぶやいた。
「私には、それを一度も見せてくれないのだな」
 その声があまりに寂しげだったので、ラディクは腹を立てた。庭の角を曲がると、怒りのあまり、持っていた竪琴を石畳に叩きつけようとした。
 だが、かろうじて思いとどまる。ラディクはため息をついた。
「つくづく、俺も貧乏性だな」


 ルギドはサルデスから帰って以来、【翠石宮】から一歩も出ずに篭もっている。
 ラディクが訪う声も上げずに扉を押し開けると、奥の寝室からエリアルの侍女がひとり、あわてた様子で応対に出てきた。
 見れば、最初の日ここにルギドの【食事】として連れてこられた侍女である。
 生け贄を供することを思い悩んでいたエリアルに、自ら犠牲となることを志願した勇気ある女性だと聞いた。そんな彼女が、胸元のレースをわずかに乱し、頬を赤く染めている。
 どういう状況だったか想像に難くない。寝室に入ったラディクは、思わず怒鳴った。
「あきれた奴だ。何をしているかと思えば」
 ルギドはちらりと彼を見て、喉の奥で笑うと、なお悠然と寝台に横たわって目を閉じた。
「いったいいつまで、騎士ごっこをしているお姫さまたちと馴れ合うつもりだ!」
 ラディクは言い捨てて、部屋を飛び出た。
 つくづく、あいつには失望した。世界の破壊者となるだけの強大な魔力を持っているはずなのに、その片鱗すら見せない。あれでは普通の人間と同じだ。態度がでかいだけ、なお始末に悪い。
 そこまで考えて、ふと立ち止まった。ラディクの頭の中に、湖面の泡のようにひとつの疑惑が湧き上がる。
 魔力を使わないのではない。使えない、のではないだろうか、と。


 パロス皇宮の右翼の大広間には、ガス灯の作り出す真昼のような明るさと、楽団の演奏と、きらびやかな衣装をまとった貴族たちの笑いさざめく声が満ちていた。
 その光と喧騒は、奥の宮まで漏れてくる。
 廊下に侍るジュスタンの前で、皇女の部屋の扉が開いた。
 エリアルは、琥珀色の皇女の正装に身を包んで、出てきた。金色の髪は豊かに結い上げられて、真珠のティアラとともに、淡い光を放つ。
 まばゆいばかりの美しさを正視できなくなり、ジュスタンは目を伏せた。視界の隅で、やわらかな裳裾がふわりと揺れた。侍女たちが、一礼して退いていく。
「広間まで、お見送りいたします」
 差し出した手に白い手袋をはめた指が重なり、ふたりは回廊を歩き出した。
「やはり出席しないつもりだな」
 櫛を入れていない赤茶色の髪に目を留めて、エリアルは吐息をついた。
 ジュスタンは微笑んで、首を振った。
「忌むべきローブ姿の魔導士が宴に同席すれば、他の人々の興をそぎましょう」
「出席するのは私ひとりか。結局、サルデス戦の真の功労者は、今日の祝会には誰も姿を見せぬわけだ」
「姫さまをおいて、功労者などおりません」
 広間への大階段に着いたとき、エリアルは頼りなげに一度だけ振り向いた。
「今夜は、おまえといっしょに踊れるかと思っていた」
 しかし、あとは毅然とした姿で階段を昇っていった。
「わたしには、あなたと踊る資格などないのです」
 明るい窓が落とす影の中で、ジュスタンは小さくつぶやいた。
「命の恩人であるあなたさえ騙している、このわたしには」


 夜中に、ラディクは目を覚ました。
 扉をそっと開けると、【翠石宮】に通じる奥庭は、燐光をまぶしたように蒼くぼんやりと光っていた。
 肌の産毛が逆立っている。尋常ではないものを感ずる。ラディクは服を羽織り、靴を履いて、音を立てずに庭に出た。
 【翠石宮】の窓から、大きな影が滑り出た。と思うと、まるで俊敏な肉食獣のように、一気に塀を乗り越えた。
 ためらっている暇はなかった。ラディクは厩舎に急ぎ、昼間のうちに菓子で手なずけておいた馬番の子どもをたたき起こすと、一頭の馬を引き出した。
 皇宮の裏門を出たとき、前方の影は大きなマントをひるがえしながら、夜露に光る舗道を馬にまたがって駆けていくところだった。
 ラディクも、馬に思い切り鞭をくれて、後を追った。
 パロスの丘状の市街を抜けると、田園の風景が広がった。山吹色の満月が、はるか彼方の村々の屋根や教会の尖塔までくっきりと照らしている。
 草原の草が左右で生き物のようにざわめく中を、長いあいだ疾走した。
 ふと潮の匂いがした。手綱を絞りつつゆっくり進むと、潅木の向こうに、海に面した小さな入り江が見えてきた。
 ルギドはすでに馬を降りて、砂浜にくだっていくところだった。
 入り江には、数え切れぬほどの魔族が待ち受けていて、王子の姿をみとめると一斉に膝を屈めた。
 ラディクは恐怖さえ覚えながら、身を潅木の陰に隠した。これほど夥しい魔族が集まるのを見たのは、はじめてだ。
 ルギドは、その中のひとりと何ごとか言葉を交わしている。巨大なシルエットは、まさしくサルデスの鍛冶屋オブラだった。
 会話が終わったのか、彼らは海に目をやった。
 藍色の海は、月の光を丹念に波間に刻みつけながら、揺りかごの動きを繰り返している。
 突然、沖の海面にいくつかの頭が浮かんだかと思うと、およそ二十ほどの数にもなって、陸に向かって泳いできた。砂浜に上がった途端、水棲族は砂地の上に身を投げ出すようにルギドにひれ伏した。
「【新魔王軍】ばんざい」
 感極まって、誰かが叫んだ。
 長い銀髪を海風になぶらせて、ルギドは満足気に彼らの拝礼を受けた。
 ラディクはそっとその場を離れた。尾けてきたことはとっくにバレているに違いないが、顔を合わせぬに越したことはない。
 美しい光景だった。ラディクの口元が笑みにゆるんだ。
 自分は今、歴史の舞台に立ち合ったのだ。
   


 
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