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花束をあなたに




 工場の花壇に掃除のバケツで水を撒いたあと、事務員の高瀬奈津はしゃがみこんで、まだ顔を出したばかりのチューリップの芽を数えた。
 冬の花壇を彩るのは、ビオラ、プリムラ、クロッカスなど、背の低い花が多い。
 上に伸びすぎて冷たい風に当たらないように。でも縮こまりすぎて、雪や霜に埋もれてしまわないように。
 花も必死に知恵を働かせて身を守りながら、春をひたすら待っているのかもしれない。
「おはよう、高瀬さん」
「あ、おはようございます。主任」
 奈津はあわてて立ち上がり、ぴょこんとお辞儀した。
(やったー。今朝は瀬峰主任の笑顔が見られた)
 思わず心がはずんでしまう。
 倒産の危機が続いていた頃は、いつも主任の眉間には、くっきりと皺が刻まれていた。
 今だって、この大不況下で業績は決して上向きとは言えないのだが、その中でも少しずつ、何かの手ごたえをつかみかけているのだろう。彼が笑っていれば、会社は大丈夫なのだと信じられる。
 もう一度、奈津は花々をじっと眺めた。
 この花壇はもともと、亡くなった社長夫人が手塩にかけて造りあげたものだ。
 十年前、奈津が七歳の息子を連れて離婚し、どう生きていったらいいかと途方に暮れていたとき、坂井社長夫妻が彼女を拾ってくださった。
(奈津さん、花を育てるのは子どもを育てるのといっしょよ)
 深い笑い皺を目元にたたえながら、奥さまは彼女に花壇の手入れのしかたをひとつひとつ教えてくれた。
(手をかけすぎてはダメ。ただ、いつも見ていればいいの。そうしたら、何をしてほしいのかわかるから)
 まもなく夫人は病気で倒れ、花壇の世話は奈津へと引き継がれた。
 それ以来、どんなに景気が悪いときでも決して花を絶やさなかった。せめて、疲れきった工員たちが、花を見て心をなごませてくれるようにと。
 十年の間には、花壇も数々の試練をくぐってきた。
 重本の元仲間の暴走族が、ここにたむろして待ち伏せしていたこともある。タバコの吸殻をポイポイ花壇に捨てるので、奈津は我慢できずに大声で怒鳴ってしまった。
「なにやってるのよーっ。ここの花たちは、あんたたちよりずっと頑張って生きているのよ!」
 恐くて恐くて、しばらく膝の震えが止まらなかった。
 組立て係の横田さんと、あともうひとりは小西さんだったか、酔っ払って花壇のそばで殴り合いになったこともあったっけ。横田さんが咲きそろったばかりのアネモネの上に、思い切り尻餅をついて、めちゃくちゃにしたんだわ。
 瀬峰主任も、来たばかりの最初のころは、ここの常連だった。工場に入ろうともせずに、毎日うつろな目で何かつぶやきながら花壇を見ている姿に、
(ああ、この人は花に助けを求めているのね)
 と馬鹿なことを考えたものだ。そんな人が今では工場の中心的な存在になるなんて、あのときは想像もしなかった。
 社長夫人が祈りをこめて遺した花壇は、坂井エレクトロニクスの歴史を見つめながら花を咲かせ続けてきたのだ。
「高瀬くん、寒いのにご苦労さま」
「あ、社長。おはようございます」
 出勤してきた坂井社長といっしょに外付けの階段を登って、事務室に入る。
「今日は午前中に銀行へ行って、支払いを三件お願いするよ」
「はい、わかりました」
 奈津の仕事は、庶務と会計だ。
 ソファで今日の打ち合わせを始めた社長と工場長にお茶を出して、朝のひととおりの事務を片づけると、銀行用の袋をカバンの奥深く突っ込み、フックにかけておいたジャンパーとマフラーを手に、「いってきます」と外に飛び出した。
 会社の自転車に乗って、白い息を吐きながら銀行まで走る。ATMをかじかんだ手で操作して、三度の振込みを済ませる。
 銀行を出るときは、解放されたような晴れ晴れした気分で、思わず冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
(今月も、なんとか支払いをすませることができたわ)
 年末から年明けにかけて、近所のあちこちで、老舗の商店や町工場が閉鎖するのを見た。
 みんな頑張れるだけ頑張って、絞れるだけ絞りつくして、力尽きて倒れていくのだ。長年戦ってきた経営者たちの無念を思うと、やりきれない。
 大企業が賃金の安い海外に移転する一方、こういう下町の企業はどこも、やがて滅びていく運命なのだろうか。
 帰り道は行くときよりも、寒さのとげが少しだけ柔らかかった。
 自転車を押して門をくぐると、花壇の前に長い髪の男がしゃがみこんでいた。
 来るたびに花壇を熱心に覗いている、今の常連さんだ。
「ヴァルさん、おはようございます」
「あ、高瀬さん、おはようございます」
 相模屋弁当の若い専務は立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。「今日も、いいお天気ですね」
「ほんとに、きれいな青空」
「高瀬さんの服も、今日の青空みたいに、きれいニャ青色です」
「うーん。こんな汚い事務服をほめてもらっても嬉しくないわね。45点」
「やっぱり、ダメかあ」
 ヴァルデミールはがっかりして、なで肩をさらに落とす。
 専務になってからというもの、彼は弁当の販売促進のための営業トークを学ぶ必要に迫られている。ところが根が正直すぎるからか、お世辞がどうも苦手らしいのだ。
 会う人会う人をつかまえては誉める練習を繰り返しているのだが、なかなか上達しない。
「今日も、きれいニャ花がいっぱいです」
「うん、水仙が今週から見ごろになったわ」
「高瀬さんの親指をちょっと見せてください」
 男の子にいきなり手を握られて、心臓がトクンと打つ。四十歳にもなって自分がまだそんなときめきを持っていることが、奈津は不思議だと思った。
「あれ、緑色じゃニャい」
「え?」
「シュニンの奥方さまが話しておられたんです。高瀬さんの親指は緑色ニャんだって」
「あら、それはグリーンサムのことだわ」
「グリーンサム?」
「外国では、花を育てるのがうまい人のことを、『緑の親指を持ってる』って言うのよ」
「本当に、高瀬さんは花を育てるのがうまいです。きっと、花の女王さまニャんですよ」
「わあ、今のは95点。……あ、ちょっと待ってて」
 奈津は工場の入口そばの出欠用黒板に近寄り、チョークで書き込まれた丸印を数えた。
「今日は、お弁当八個お願いするわ」
「毎度あり。すぐに持ってきます」
 ヴァルデミールは、自転車に積んだ大きなクーラーボックスから弁当を取り出して、ビニール袋に入れて運んでくる。
 奈津はその間に、事務服のポケットに入れている小さなハサミを出して、花壇のクロッカスや水仙、赤のクリスマスローズを何本か切り取り、茎を輪ゴムで結わえた。
 背の低い花ばかりだから、できたのは、こじんまりしたブーケだ。
「はい。ヴァルさん。新婚の奥さんに」
 と差し出すと、若い夫は顔を赤くして「えへへ」と笑った。


 五時を過ぎると、奈津はいつものように退社して、スーパーに立ち寄った。
 高校三年の息子は、年が明けてから、ほとんど学校に行っていない。受験シーズン本番とあって、授業はほとんどが自習なのだそうだ。
 彼は大学には進学しない。かと言って、就職が決まっているわけでもない。
 また今夜も顔を合わせれば、口論になってしまうのだろう。
 重い気持と重い買い物袋を抱えて家路をたどると、マンションの三階西端の窓は夕焼けを映していた。
 案の定、部屋の中は真っ暗。
 奥の六畳で、息子はまだ朝と同じ姿でぐうぐう眠っていた。
「何時間寝てるの、雄輝。あんたはまったく――!」
 腹立ちまぎれに、買ったものをテーブルにどさどさと並べて、しかし卵のパックだけはそっと置いた。
 洗濯物を取り込み、風呂を沸かし、夕食の支度を調える。
 そのあいだに、何度も奥の部屋に声をかける。
 ようやく、のっそりと息子が起きて来た。なるべく母親と目が合わないように、食卓について、もそもそと食べ始めた。
「雄輝。あんたいったい、どうするつもりなの」
「……」
「プロのミュージシャンなんて、十人にひとりも食べていかれないのよ。音楽をやめろっていうんじゃない。別に本職を持って、趣味で続けなさいって言ってるの」
「だから、きちんと自分の食べる分はバイトで稼ぐって」
「食べる分って、それだけじゃすまないのよ。年金だって保険だって納めていかなきゃならないの。このマンションの家賃も光熱費も、お母さんが払ってるのよ。私だって、いつまでも働けるわけじゃないわ」
「わかってるよ。そんなこと」
「じゃあ、せめて厚生年金のある会社に入って、家庭を持てるだけの収入を――」
 奈津は箸をおいて、自分の荒れた手の甲をごしごしとこすった。
「お母さん、あんたに貧乏させたくないの。明日の朝は食べるものがないって、そんな苦労だけはあんたにさせたくないの」
「……別にいいよ。そんなこと気使ってもらわなくたって、自分で苦労して何とかするよ」
「あんたは、苦労なんて全然わかってないじゃない」
 思わず、声を荒げる。
「社会に出て、お金を稼ぐことがどんなに辛いか。こんな世の中になっちゃって、景気はまだ、どんどん悪くなっていくかもしれないんだよ。だから就活にみんな必死なのに、なんであんたはそんなに暢気なの!」
「どうせ、俺はみんなと同じスタートラインにすら立ってないじゃないか」
 雄輝はうなだれながら、皿の上の惣菜を無意味につついている。「ほかの連中は、のうのうと大学を卒業して、俺よりずっといい給料をもらえるのに、馬鹿らしくて、まじめに会社勤めなんかできるかよ」
「雄輝、あんたまさか、大学へ行きたかったの?」
「行きたかねえよ。俺、勉強キライだし。どうせ塾へ行ってる奴らに成績でかなうわけねえじゃん」
 奈津は絶句した。
(この子は、今までこんな劣等感を抱えて生きてきたの?)
「雄輝」
 何度も生唾を飲み込むと、言った。
「もし、あんたがよければ……お母さんの働いてる会社の社長さんに頼んでみようか。すごくいい方で――」
「冗談じゃねえ!」
 彼は怒りにゆがんだ顔を上げて、溜めていたものを吐き出すような大声をあげた。「誰が、あんな油だらけの汚い工場で働けるかよ。そんな惨めな思いをするくらいなら――のたれ死んだほうがマシだっ」
「雄輝!」
「スタジオ行く。今晩帰らないから」
 奥のふすまがぴしゃんと閉まり、母子の間を限りなく隔てた。


 翌朝、一睡もできないまま起き上がり、いつものように出勤した奈津は、ぼんやりと花壇の前に座った。
「ねえ、奥さま」
 恩人である、今は亡き社長夫人に呼びかける。
「花と子どもは、やっぱり違いますよね。花は、愛情を注げば注ぐだけ応えてくれるけど、子どもは――」
 ぽっかりと空いた心を慰めるように、寒風にクロッカスが揺れている。それを見つめながら、うずくまっていると、
「高瀬さん?」
 後ろにはいつのまにか、とまどった表情の瀬峰主任が立っていた。
「どうしたんだ」
 奈津はあわてて立ち上がり、指の腹で目の縁をぬぐってから答えた。
「なんでもありません」
「なんでもないっていう顔じゃないだろう」
 瀬峰主任の暖かい手が背中に触れると、虚勢にさからって、ぽろりと新しい涙があふれ出た。
「ゆうべ、息子とけんかしてしまって」
「息子さん、この春卒業だったか」
 奈津はうなずいて、震える喉で大きく息を吸い込んだ。
「小さい頃から母子家庭で、勉強を見てやる暇も、塾だって入れてやる余裕もなかった。何も言わなかったけど、あの子はそれを引け目に……ううん、私を恨んでいたんだって、昨日わかったんです」
 風下へと導かれ、奈津は崩れるように花壇の縁石に座った。
「まじめに働くのが馬鹿らしいって。どうせみんなと同じスタートラインにも立ててないんだからって言われました」
 風除けになって立ってくれている主任は、花々を見つめながら溜め息まじりにつぶやいた。
「どうしてそんなふうに、若いうちから自分の人生を決めつけてしまうのだろうな」
「私が悪いんです。自分の経済力も考えずに離婚を決めたりして……あのとき私さえ我慢して結婚生活を続けていたら……、夫の不倫なんて、長い一生のうちに笑い話になっていたかもしれないのに……。雄輝はもっと幸せな人生を送れたかもしれないのに」
 唇を噛みしめて嗚咽をこらえる奈津を、主任は長い間じっと見守っていた。
「なあ、高瀬さん。人間は八百年生きてから、再出発することだってできる」
「は?」
「だが、過去に絶望してしまったら、それで終わりだ。前に進む力をなくしてしまう」
「……」
 彼は、奈津の前に片膝をついた。
「俺が歩いてきた道は、裏切りと戦いにまみれていた。最後はみじめな敗北だった。だが、俺はやり直したいとは思わない。それがなければ今の俺は、この世界には存在しなかった。出会えたはずの人にも出会えなかった」
 漆黒の瞳で奈津の目を覗きこみながら、魔法をかけるような調子でゆっくりとささやく。
「あんたは過去に戻ってやり直したいか」
「え――?」
「今ここで選んでみろ。もし選べるならば、別の人生を選びなおすか」
 きゅっと鳩尾(みぞおち)が縮む。過去をやり直す? そんなことが――そんなことが、できるはずない。
 けれど、もしできるとしたら――。
 瀬峰主任の体が、黒い光輪に包まれたような気がした。
 それにつれて、奈津の中に、息子とふたりでたどってきた十年間が鮮やかによみがえってくる。
 どんなに忙しくても必ず駆けつけた運動会。熱いココアをポットに詰めて、夜の公園でふたりで遊んだこと。熱を出して寝ている雄輝に「ごめんね」と心の中で詫びながら会社に急いだこと。
 奈津は背筋を伸ばした。靴の中で震える爪先をぎゅっと折り曲げた。
 そして首を大きく振り、きっぱりとした声で答えた。
「いいえ、私は今のままがいい。今の雄輝に会いたい。今のままがいいです」
「それでよい」
 瀬峰主任の大きな手が頭に軽く触れ、奈津は子どものように泣きだした。


 雄輝がスタジオを出てすぐ携帯をチェックすると、母の携帯から着信があったことに気づいた。
 従業員らしい男の声が録音されていた。
『お母さんが、階段から落ちて怪我をしました。会社まで迎えに来てください』
「ちぇっ。何してるんだよ。おふくろのやつ」
 と口では毒づきながらも自転車に飛び乗り、夜の繁華街を力の限り漕いだ。
 小さい頃何度か訪れた工場の入口にはまだ煌々と明かりがともり、大勢の工員たちが働いていた。
「あ、雄輝」
 母親は、入口近くのパイプ椅子に座っていた。投げ出した右の足にはギブスがはめられている。
「階段を降りるとき、踏み外しちゃって」
 と言い訳して、「あーあ、年だね」と照れたように笑う。
 すぐに、工員たちがガヤガヤと集まってくる。
「また、どうせ急いで二段飛ばしでもしたんじゃろ。若い奴の真似しおって」
「だって、若いもん」
「そもそも俺が働き始めたときから、もう高瀬さんは事務室の奥にデンとふんぞりかえってたぜ」
「あのねえ。人を牢名主みたいに言わないでよ」
「えーっ。高瀬さんて、こんな大きなお子さんがいらしたんですか」
 さまざまな年代の工員たちと話している母親の生き生きとした姿を、雄輝は不思議なものを見るように見ていた。
「雄輝くん、だね」
 背が高く、ひときわ存在感のある漆黒の髪の男が前に進み出た。
「医者で診てもらったら、足の甲の骨にひびが入っているらしい。ギブスがはずれるまで十日かかるそうだ」
「その足じゃ自転車も漕げないわ。高瀬さん、明日からどうやって会社へ来るの」
「そうだよ。高瀬さんがそんなに休んだら、この工場はやってけないぜ」
 そのとき、髪を脱色した若い男が、ずかずかと近寄ってきた。
「俺、バイクで毎朝迎えにいってやるよ。予備のメットも持ってきてやる」
「まあ、重本くんと二人乗りだなんて、光栄だわ。惚れられちゃったらどうしよう」
 母親の華やいだ笑い声に、雄輝はいささかムッとして、立ちふさがった。
「いいです。俺が毎日、自転車で送り迎えしますから」
「遠慮するなよ」
「いいです」
 ぐっと母親の腕を取り、抱きかかえようとする息子に、奈津は目を丸くして驚いている。
 工場の外へ出たとき、ばたばたとひとりの男が駆け込んできた。
「高瀬さん、足を怪我したってほんとですか」
 南米系らしい浅黒い肌の青年は、ほとんど半泣きになって奈津の手を取り、ビニール袋を握らせる。
「今晩の夕食用にと思って、デラックス幕の内弁当をふたつ持ってきました。治るまで毎日届けますから」
「うわあ、助かるわ。ありがとう」
「それから、……これ、これを」
 花屋で理子が買ってきたのだろう。チューリップやカーネーションをあしらった大きな花束を差し出す。
「早く良くニャってください。高瀬さんが元気でニャいと、わたくし、明日からどうして生きていったらよいかわかりません」
「ヴァルくん。今のは百点満点よ」
(母さんは、毎日こんないい男たちにチヤホヤされて、仕事をしていたのか)
 雄輝は無性に腹が立つのを感じた。
「母さん、帰るぞ!」
 ギターケースを前のかごに乗せ、母親を後ろの荷台に乗せて走り出そうとした雄輝に、頭頂の禿げ上がった社長らしき人が近づいて、ぽんと肩を叩いた。
「雄輝くん、うちの工場は給料は安いし、仕事もきつい。だが、もし働きたいと思ったら、いつでも歓迎するよ」
「え?」
「お母さんをあんまり心配させるな。階段を踏みはずしたのは、このところ、ずっとうわの空だったからだよ。お母さんの頭には、きみのことしかないんだ」
 社長の後ろでは、何十人もの工員たちが、にこにこと彼を見つめている。
「シゴいてやるぜ、早く来いよ」
「お母さんをよろしくね」
 寒風を切るようにして、雄輝は夜の町へと漕ぎ出した。
「ねえ、雄輝」
 後ろの荷台から、風に負けない大声で奈津が叫んだ。
「なんだよ」
「うちの工場、いい人ばっかりでしょ」
 雄輝は、返事をしない。
 でも、油まみれの工員たちの顔も、母親の顔も、まぶしく輝いていたのを雄輝は少しうらやましいと思った。きれいだと思った。
 悔しくて、彼はペダルを漕ぐ足にぐいと力を込めた。ちっぽけな劣等感に支配されている自分が、彼らに比べてあまりにも小さく思えた。
 それでも、わからないのだ。
 これからどうしたらいいのか。何を選べばいいのか。
 どうしたら、あんなふうに迷いなく生きていけるのか。
 横座りになった母親の膝で、大きな花束がゆさゆさと揺れている音がした。





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