iPSは有り難い。
火傷の後の皮膚再生。
大怪我の傷口の再生。
……こんなものはちょろい。
すり減ってヘルニアになった腰の再生。
ころんで割れた歯の再生、ついでに抜けた歯も。
……感激だ。煎餅が噛めるぞ。
乱視も遠視も怖くない。
……眼鏡を探さなくてよくなった。
内臓も元気になった。
……なつかしの不養生、酒が甘い。
若い頃の弾力ある筋肉、割れた腹筋、そして運動神経。
……ふっふっふ。年齢詐称。
生殖細胞の活性化。
……おお、何十年かぶりだ。だが、子供は果たしてオレの子か、クローンの子か?
かくて、皮膚、筋肉、骨、内臓、運動神経、五感が再生し、外見二十代、実年齢百三十歳の老科学者が次に取りかかったのは、脳神経細胞の再生だった。だが、これだけは困難を極めた。失敗を重ねるうちに彼の認知症は進み、ついには昨日書き留めたメモさえ理解できなくなった。
ロボット助手の助力を得て、ようやく最後の試作装置が完成した。成功の確率は五分と五分。定まらぬ意識の中、科学者は祈るような気持でスイッチを押した。
目覚めたとき、彼はぼんやりと呟いた。「オレハ、ダレダ?」
ロボットは、答えた。「やれやれ、これで三度目だよ」
そう、どうしても再生出来ないもの。それは『人格』。再生できたら、これも、もはや人間ではない。
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第77回タイトル競作参加作品を改稿したものです。
提出した作品はこちら(かつて一度は人間だったもの23)。