「たまねぎに気をつけろ」
鬼船長は突然そう言った。
意味不明。だが、恐くて訊き返せない。とりあえず厨房に行く。
「せ、船長が言ったのか?」
料理長は蒼ざめて過去のメニューを調べ始めた。最高でない料理は一つもなかったのに。
倉庫番に訊くと、
「鼠!」
あわてて猫型ロボットを取りに行く。
医務長は薀蓄を傾ける。
「血栓を予防し、睡眠を促し、便秘に効く。大昔は壊血病予防にも……」
延々と続くので、途中で逃げ出した。
庶務のオールドミスは、
「なによ、私の髪がタマネギだって? え、船長がそう言ったの? ふふ、私って罪作りね」
誰もがこんな調子だ。船長が鬼になるのも仕方あるまい。
嘆息していたら副船長に叱られた。
「混乱を撒き散らす場合か!」
そうだった。地球着陸まであと半日、誰もが大変な時だ。私だって最後の船外活動が迫っている。正直にわかりませんと言って殴られるべきだった。
ブリッジに戻ると、鬼船長が放射線モニタの前にいた。強く反応しているのはバン・アレン帯。宇宙服なぞ役に立たぬ危険地帯だ。地球を幾重にも包むようなその姿は、ドーナツ状と言うより……
「バカ、たまねぎも知らないのか」
だが、口調は優しい。乗船して初めて胸が熱くなった。
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第80回タイトル競作参加作品を改稿したものです。提出した作品はこちら(たまねぎ31)。