七月になると、佐渡裕プロデュースオペラを観に行くのも、もう何回目でしょう。彼が芸術監督をしている兵庫県芸術文化センターまで自転車で十五分という恵まれた場所に住んでいるおかげですが、今年も行ってきました。
プッチーニの「トスカ」です。
公式HPはこちら。
今回の公演は、ダブルキャストになっていて、「蝶々夫人」で泣かせてもらった並河さんのトスカも見たかったのですが、日にちの関係で外人キャストのほうを選ぶことになりました。
舞台装置は白が基調のシンプルなものですが、中央の円形舞台が三幕まで効果的に使われています。また背後の大画面に映る映像がダイナミックに場面を盛り上げてくれます。
舞台は1800年のローマ。ヴォルテール主義と呼ばれているナポレオンによる共和制を支持する派と反共和主義者が争っていた時代です。
前者の共和主義者であるのが主人公のカヴァラドッシ。ティアゴ・アランカムは、ブラジル人の新進テノールで私好みのイケメン♪。ただちょっと存在感が薄いのは否めません。でも、彼に対する悪役スカルピア男爵が存在感ありすぎなので、これはもうしかたないところです。
マグダラのマリアの絵の前で歌うアリア「妙なる調和」はプッチーニらしい響きの美しいメロディで、うっとりしました。
あらすじはと言えば、教会の壁画を描いている絵描き(とは言え、騎士階級なので貴族らしい)カヴァラドッシは、脱獄したヴォルテール派の友人をかくまう。
そこへ、スヴェトラ・ヴァレシヴァ演じる恋人の歌姫トスカが訪れ、不審な様子に浮気を疑い、絵の中の女性にまで嫉妬する。
ヴァレシヴァはブルガリア出身。このところ、東欧出身の歌手が本当に活躍されていますね。
愛くるしく奔放に見えるトスカですが、孤児で修道院で育ったため、とても信心深い一面ものぞかせます。
そこへ脱獄犯を捜索している警視総監スカルピアたちが訪れます。
スカルピア男爵役のアメリカ人バリトン、グリア・グリムズレイに私はハートを打ち抜かれました(笑)。
十頭身かと思わせる長身、ロン毛のイケメンです。ミサの合唱とかけあうように、トスカに対する悪巧みにほくそ笑む姿は、堕天使かと思われるくらいの強烈な存在感です。
実際、第二幕もほとんどスカルピアのひとり舞台が続きます。
自分は甘い言葉ひとつも言えない男だが、美しすぎる愛に生きるトスカを無理やり自分のものにしたい、怒りに狂う彼女が見たいと。真性Sですな。恋人と引き裂き、嘆き苦しむトスカを自分の腕の中でいたぶることが、彼の望みだったわけです。
彼女の歓心を買おうとはしていない。ここで、彼が初めからカヴァラドッシを殺害するつもりであることがわかります。
後ろの巨大な鏡が、舞台全体そして、舞台にいない人物の影をも効果的に映し出しています。最後にトスカが死体のそばに燈明として置くロウソクの光の美しさ。
場面ごとの照明の効果が印象的でした。
トスカの有名なアリア、「歌に生き、愛に生き」は、恋人の生命と自分の操を天秤にかけて苦悩し、「何も悪いことはしていないのに、なぜこんな目に会うのですか」と神に訴える壮絶な歌です。この歌を境に、彼女は信仰を捨てて自分の力でスカルピアの魔手から逃れる決意をしたのです。
第三幕でスカルピアを殺したトスカは、彼に書かせた通行証を手に、処刑台へと急ぎます。「星は光りぬ」「優しく清らかな手」と、テノールの見せ場が続きます。偽りの処刑だと信じて、未来を夢見るふたり。
空砲で処刑せよとトスカの前で部下に命じたスカルピアの言葉の中にあった、謎の「パルミエリ伯爵と同じように」ということばには、実弾で殺せという意味があったのでしょう。
最後に、追いつめられたトスカは「スカルピア、神の御前で!」と叫んで身を投げるのですが、ここで、観客は死してなお、この劇の真の主役はスカルピアであったことを知るのです。