彩音がニューヨークに行ってしまってから、一週間が経った。受賞式が終わってからも、スポンサー主催のパーティや雑誌の取材など、いろいろ用事があるものらしい。
スズキ美術の若林さんがついててくれるから大丈夫と思うけれど、突飛なふるまいはしていないか、心配。たとえば、地下鉄の車内が暑いと言って、上半身ハダカになってしまったり(一度、経験あり)。車道の真ん中で、スケッチしたいものを見つけて座り込んでしまったり(これは、未遂)。
彩音がいないと、夜がとても長い。
食事もスーパーの惣菜で簡単にすませるから、ますます暇をもてあます。
壁の穴をくぐって、彩音のアトリエに入った。キャンバスや道具入れがぞんざいに隅に片付けてあり、部屋の中はがらんとしている。
絵の具のしみだらけになったフローリングの上に、仰向けに大の字になって寝ころんでみる。パレットナイフを落とした床の傷が指の先に触わる。冷たくて、固くて、海の底に寝ているみたい。
彩音の足音や、鼻歌や、笑い声が、ぼこぼこと泡になって、部屋の中に浮かんでいる。私は目を閉じて、その泡を追いかけて夢中で泳ぎ回る。
「CLOSE TO YOU 第4章」
お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164