「シルクスクリーンは、セリグラフとも呼ばれ、アメリカが発祥の地なんだ。アンディ・ウォーホールは知ってるだろう」
「知らない」
高校で芸術コースとか通ったけど、行ってもほとんど寝てたもんな。親父の家にも、現代美術の本は置いてなかった。
ドルーは、実に親切に、時間をかけて説明してくれた。
世の中にはときどき、こういうやつがいる。苦労をいとわずに、教える立場に回ることを生きがいだと感じる人種だ。だから、俺みたいに何も知らないことは決して悪いことじゃない。いわば人助けをしているみたいなもんだ。
「原画を何枚も、ときには何十枚もの版に分けて、色を重ねていくんだ。ホクサイやウタマロと同じ。違うのは、写真製版であることかな」
版画工房の中は、音が満ちていた。
それほど広くない部屋の中には、いくつもの作業台や製図台や画材の棚がところせましと置いてあって、隙間をすり抜けるようにしなければ、奥に入れない。
隅でひとりで黙々と作業しているやつ、何人かでパソコンを覗きこみながら大声で議論している連中。
紙、布、ガラス、陶器、金属板など、あらゆる素材が山積みになっていた。巨大な機械がうなりをあげながら絵をスキャンしていた。
「版画にはいろんな手法があるけど、セリグラフはもっとも大きな可能性を秘めていると僕は思う。印刷される素材を選ばない。油絵の具やプリント用インクを混ぜることで、鮮やかな色も、淡いグラデュエーションも自在に作り出せる。塗り重ねることによって厚みを増し、平板にも立体的にも、思いのままに表現できる」
キャンバスに絵を描くという静かで孤独な戦いとは全く異なる、にぎやかで活気のあるお菓子工場のような世界。頭の中でメリーゴーラウンドのように音がくるくる回って、俺は酔っぱらいそうな心地になった。
「油絵だけ、というのはもう古い。芸術は絶えず、新しいツールを求めている」
彼は、新世界に降り立った宣教師が原住民に対するように、おごそかに確信をこめて言いつのった。
「ただ、そのために必要なのは、優秀なプリンター(刷師)と組むことだ。その幸運がここにはある」
彼が伸ばした手の指し示す先では、小柄な眼鏡の女が一心不乱にゴムべらを動かしていた。
「サイオン。僕たちの女神、アンジーを紹介するよ」
「CLOSE TO YOU 第4章」
お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164