泣き明かした夜が終わろうとするころ、私は立ち上がり、明かりをつけて、アトリエの床に散らばった花を拾い集めた。花は無残に折れ、しおれていた。
「ごめんなさい、あなたたちに八つ当たりして」
自分だけが不幸だと思いこむ人は、まわりをどんどん不幸にしてしまう。
花粉だらけの床をモップで拭き終えてから目を上げると、壁に、彩音が絵の具でつけた手形を見つけた。
こんなもの、以前はなかった。アメリカに行く直前に書いたのだろうか。おそるおそる近づくと、指の長い大きな手のそばに、小さな鉛筆のラクガキ。
『琴音さん。愛してる。俺がどこにいても、何をしても、俺を愛して』
思わず笑ってしまった。笑いながら泣き、最後は大声で泣いた。
なんて身勝手な言い草。子どもじみて、ひとりよがりな言い草。こんなセリフでついてくる女がいたら、お目にかかりたい。
そんなバカな女、私以外には絶対にいない。
自分の部屋に戻って、熱いシャワーを浴び、炊きたてのご飯と熱い味噌汁を胃に詰め込んだ。
ばかばかしい。泣くのは、もうやめた。
私は彩音の帰りを待つ。彼がどこにいても、何をしていても、私は彼の帰りをここで待っている。
私の中には、智哉と付き合っていたときに徹底的に刷り込まれた、自分ばかりを責める堂々巡りの思考が住みついていた。
私が悪いから。私がいたらないから。魅力がないから。
十歳も年上だから。
そんなものに囚われ続けるのは、もうきっぱりとやめよう。
どこへも通じていない暗い夜を後ろに置き去りにして、前に進む。彩音が描いている、あの暖かな光の中にいっしょに飛び込むために。
「CLOSE TO YOU 第4章」
お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164