彩音にメールを送ったあと、すぐに実家の番号をダイアルした。
留守録に切り替わる。両親は私からだとわかると、絶対に受話器を取ってくれない。
「お父さん。お母さん。琴音です。ご無沙汰しています」
くじけそうになるのを堪える。今ここではっきりと自分の気持ちを伝えなければ、私は前に進めない。
「このあいだ、電車の中で智哉さんに会いました。有紀さんと結婚したことも知りました。あらためて、私はまだ彼から赦されていないとわかった。でも、それでいいと思っています。もし彼のそばに居続けたら、私は私でいられなかった。自分を殺し続けて、からっぽになってしまった。だから、自分の選択を後悔していません」
さっきまで、あれほど泣いてばかりいた同じ喉とは思えないほど、晴れやかな声が出てくる。
「私は、彩音のそばで一番私らしくなれる。……ごめんなさい。お父さん。お母さん。私のせいで苦しい思いをさせてしまいました。私のことはもう忘れて。でも、どうしても、ありがとうって伝えたかった。それじゃ――」
『琴音。切るな、琴音!』
唐突に、受話器の向こうから父の叫びが聞こえてきた。
「お父さん……」
『この三年間、智哉くんと彼のご両親と接していて、あの人たちがどういう人たちか、ようやくわかった。じわじわと他人をおとしめ、縛りつけ、意のままに操ろうとする。もし、あの家に嫁いでいたら、おまえは大変な目に会っていた』
「お……父さん」
『僕たちは、おまえの心をわかろうとしていなかった。智哉くんのうわべしか見ていなかった。赦してくれ』
泣きじゃくる私の耳に、かすれた小さな声が届いた。
『母さんが、毎日会いたいと言って泣いている。一度、顔を見せてくれないか』
握りしめた携帯の画面には、いつのまに押さえたのか、シャープの記号がたくさん並んでいた。
――半音上へ。少しだけ上へ。
「CLOSE TO YOU 第4章」
お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164