工房へ入ると、アンジーとドルーが製図台にもたれ、抱き合ってキスしていた。
ああ、そうなんだと思った。そう言えば、最初にドルーが言ってたっけ。
『サイオン。僕たちの女神、アンジーを紹介するよ』
彼女は、ここにいるみんなの女神だったんだな。
「俺、今夜の飛行機で東京に帰ることにした」
彼女は俺を見て、困ったような顔をした。
「まだ絵の引き渡しはできないよ。乾くのに、しばらくかかるから」
「一枚だけ、持って帰れればいい。あとは全部、きみにあげる」
俺は、ナンバー1と書き入れた版画を見つけ出して、慎重に梱包して、バッグにしまいこんだ。
「世話になった」
「さよなら」
「元気でな。サイオン」
彼らの声は、ひどくよそよそしく、他人めいていた。俺はもう彼らの仲間じゃない。
あれほど笑い合い議論し合い、活気に満ちて輝いていた工房の中は、朝の光の中で妙に白っぽく色あせて見えた。
ミューズたちのかけた魔法は、解けたのだ。もうこの街に、俺を引き留めるものは何もない。
「じゃあ」
オーケストラの最後のひとりがステージから降りるように、俺は静かにドアを閉めた。
「CLOSE TO YOU 第4章」
お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164