「蜜蜂と遠雷」が映画化されたというので、観に行ってきました。
数年前、直木賞と本屋大賞のダブル受賞で有名になった恩田陸の原作、私も読んで読書メーターに次のような感想を投稿していました。
ピアノコンクールを題材にした小説というと、どうしてもドロドロした嫉妬や醜い争いが描かれると身構えたが、違った。ここに出てくる三人の主人公はいずれも、それぞれタイプは違うものの、ありえないほどの天才。そんな下々の争いからは超越しているのだ。 互いの音楽に触発され、共鳴し、高め合う姿がすがすがしい。人間描写がテーマではなく、音楽そのものの力がこの小説のテーマだ。 この小説に沿ったYouTubeがあるので、聞きながら読むとかなり心地よい。
映画化に当たっては、第一線で活躍する正真正銘本物のピアニストをそれぞれの役に当てて収録したそうです。
栄伝亜夜・・・河村尚子
高島明石・・・福間洸太朗
マサル・カルロス・レヴィ・アナトール・・・金子三勇士
風間 塵・・・藤田真央
四人のピアニストはNHKの番組にも出演していましたが、確かにそれぞれの俳優に顔や雰囲気までもが似ているような気がします。
さすがに演奏も圧巻でしたが、映画の中の演奏会場の空気感もみごとでした。会場の広がりを感じさせる反響、遠くでかすかに聞こえるアナウンス、四方から降り注ぐようなオーケストラの音の奔流、大勢の会衆の息遣いまで聞こえてくるような臨場感は、まるで、ひとつのコンクールの疑似体験をしているかのよう。これは映画館に行かなければ感じ取れないと思います。
ストーリーは原作とは違う部分がありました。一部の登場人物が省略されていたのは、限られた時間ゆえ仕方のないことでしょう。また、中盤以降は栄伝亜夜を主役に据えたストーリーになっていて、クライマックスでは彼女の幼少期のトラウマの克服の描写に主眼が置かれていたようでした。その分、風間塵の周囲に与えた影響力、「劇薬」ぶりがやや薄れてしまったのが少し残念です。
第二次予選の「春と修羅」のカデンツァで、四人の音楽の対比が素晴らしく描かれていて、ここがこの映画の一番のみどころではないかと思っています。音楽シーンの中では、疾走する黒馬やしたたり落ちる水滴など、いくつかの印象的なスローモーションのイメージカットが効果的でした。
原作は「音楽を言葉で表すことへの挑戦」でしたが、映画は「原作の言葉をふたたび音楽に戻すという挑戦」だったと言えましょう。
巧みな音と映像の融合の中で、音楽の高みへといざなってくれる良い映画でした。
さて、この映画にピタリと合わせて、「蜜蜂と遠雷」のスピンオフ短編集「祝祭と予感」が発売されました。これも見逃せないですね。