ブドウは全滅だった。新世界から持ち込まれた害虫が大発生したのだ。
頭を抱えていたある日、肩から大きなカバンをかけた風采のあがらない男が、私のワイナリーを訪れた。彼は一本の苗木と一本のワインを取り出した。
「これは、新種のブドウの苗木。これに接木すれば、虫害に強い品種となりましょう」
差し出されたワインは、やや癖のある香りはあるものの、味は極上だ。
接木した苗木はすくすくと育った。この苗木から出来たブドウでワインを作ったところ、記憶にある味と香りが再現された。これなら売れる。どのみち他の選択肢はない。
数年後、はじめての本格的収穫を迎えた。発酵を終え、オーク樽の試飲口から注ぎ出される紅い液体。適度な酸味と芳醇な味わいだ。
二樽目を開けると、さらに極上品の味がした。三樽目は天にも昇る心地だ。
期待を込めて四樽目を開ける。すると、ワインの気泡と見えたものの中から例の害虫が姿を現わした。樽の中で孵化したのだ。慌ててすべての樽を開けると、あふれ出た虫たちが、いっせいに農場から飛び立った。
それを為す術なく見送っていた私は、いつしか虫の飛んで行った方向へとふらふらと歩き始める。肩から大きなカバンを下げて。
————————————————————–
第91回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(謎ワイン29)