アンジーはまず、俺の原画を下敷きにし、同じ色の部分だけトレースしていった。色調ごとに何枚もの版に分けるためだ。
できた版ごとに色を調合する。俺がアクリル彩色で塗った朝焼けを忠実に再現するために、ありとあらゆるオレンジ色を調合した瓶が棚に並んだ。
感光乳剤、紫外線、洗浄という工程を次々と手際よく行うさまは、化学者というよりは魔女みたいだ。ウォルマートで買ったTシャツに、はちきれそうな胸を包んだ、現代の魔女。
彼女は、俺の絵の猛烈な崇拝者だった。ときには、猛烈な告発者にもなった。
早朝のダイナーで、人目もはばからず怒鳴り合ったこともある。俺の手の甲にはいつのまにか、ひっかき傷ができていた。俺も彼女を一発ぐらい叩いたかもしれない。
版を重ねるにつれて、暁が絶妙のグラデーションを造り出す。
その様子を眺めるたびに、みぞおちがたぎった。行き場のない熱が体の奥から湧き上がり、皮膚の下を駆け巡った。
とても甘美で、おそろしい二週間が過ぎた。自分の生命を削った火花が見えるようだった。
153版目を刷り終わったとき、アンジーは「終わったよ」と俺にほほえんだ。
一枚一枚に「Zion / K」の署名を入れ、鉛筆で余白にエディションナンバーを入れていく作業が終わると、俺は精根尽き果てて床に寝ころがった。その隣にアンジーがぴたりと体を寄せてきた。
「おめでとう」
髪を結んでいたゴムがはずれ、長い金髪がオレンジのインクだらけの床に広がる。「あんたの絵をこの手で刷れて、幸せだよ」
俺は深海の水圧に抗うように体を起こした。そして、アンジーの上に身をかがめ、唇を重ねた。
「CLOSE TO YOU 第4章」
お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164