突発的に思いついたハロウィンネタを連載します。
ファンタジー世界には、残念ながらハロウィンはありませんので、当サイトの現代とSFだけになります。来週の月曜まで、何作書けますやら。
まず、第一弾は、一番書きやすい(笑)、このお話から。
ゼファーが家に帰ってくると、佐和と雪羽がせっせと折り紙を折っていた。
オレンジ色の紙で作った小さな箱だ。その中に袋入りのクッキーやチョコレート菓子をせっせと詰めていく。
「10月なのに、もうバレンタインか」
「いいえ、今日はハロウィーンなんですよ」
「ハロウィーン?」
バレンタインもようやく覚えたところだと言うのに、また新手の祭りが増えたのか。まったく、地球には訳のわからぬ行事が多すぎる。
「近所の子がお化けや魔女の格好をして、いたずらしに来るの。そしたら、これをあげるんだよ」と雪羽。
「いたずらされるというのに、なぜ菓子をやらねばならぬ」
「だって、そういうものなんだもの」
流行にうとい父親に、説明するのは大変だ。
「まあ、おまえたちで勝手にやればよい。どうせ俺には関係ない」
ゼファーは作業着をハンガーにかけると、卓袱台の前にあぐらをかいた。
「それが、私たちも今から出かけるんですよ」
「ええっ」
「雪羽もユーリさんやマナさんといっしょに仮装して回るんです。子どもたちだけだと危ないから、私もついていこうと思って」
「……ということは」
「はい。もし子どもたちがきたら、ゼファーさんがお菓子を渡してあげてくださいね」
雪羽は、佐和がミシンで縫った、紫色のかわいいドレスを着せてもらっていた。精霊の女王ユスティナが着ているものにそっくりだ。
雪羽はときどき精霊の女王に会っているらしい。彼女から、精霊の騎士だった若いときのゼファーの思い出話を聞かされているかと思うと、冷や汗が出てくる。
夕焼けに町が染まり始めたころ、ノックがあり、扉を開けると、ユーラスとマヌエラが立っていた。ふたりの仮装は、マントと王冠だけのシンプルなものだったが、さすがに本物の王と王妃にしか見えない。
それを見て雪羽が傷つきはしまいかと、ゼファーははらはらと気をもんだ。
「では、行ってくるぞ」
「行って来ます、父上」
「なるべく早く帰ってきますね」
かくして、ゼファーひとりの長い夜が始まった。
すっかり暗くなる頃には、数分おきにピンポンと誰かが玄関のベルを鳴らす。
「トリックオアトリート」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ」
魔女に吸血鬼、ゾンビにスーパーマン。
ゼファーはとうとう夕飯を食べる暇もなく、玄関に椅子を置いて、鮭のおにぎりをかじりながら、来訪者を待ち構えることにした。
こんこん。かりかり。
扉を開けると、黒猫に変身したヴァルデミールが、扉を肉球でノックしていた。
「奥方さまに頼まれて来ました。今夜はシュニンがひとりぼっちだから、相手をしてくれって」
ゼファーが塩鮭のかけらを指でつまんでやると、黒猫はパクリと頬張り、おいしそうに喉を鳴らした。
「ニャんだか今夜はすごいですねえ。魔族みたいニャ連中がいっぱい町をうろついてますよ」
「今夜なら、おまえが本来の魔族の姿で歩いても、誰も驚かぬだろうな」
ゼファーは扉を開け放したままにして、黒猫を膝に乗せて座った。
明かりを消した室内から外をながめると、夜空は黒々と果てしなく、町はきらきらと輝いていた。
ゼファーは無言でヴァルデミールを抱きしめながら、アラメキアと地球がないまぜになったような不思議な夜を見つめていた。