「グーグルアース」は、地球のあらゆる場所を3Dで見ることのできるソフトとして、熱狂的に迎えられた。やがて、その後続として「グーグルマース」、「グーグルスペース」「グーグルサブマリン」「グーグルアンダーグラウンド」が発売されたのは周知の事実である。
その独走に対抗すべく登場したのが『閻魔アース』だ。なんと地球に住む全ての人の心を覗くことができるという。
個人情報保護を声高に叫んでも、監視カメラや対テロ盗聴、ネット検閲などで個人の情報は合法的には特定権力に流れて行く。そういう不公平の是正を謳った『閻魔アース』は、合法非合法に得られる全ての情報をもとに、最新の人工知能を駆使して心理・思想を算出したのだ。
この手の検索機能が選挙や結婚、就職で有用な事は明らかだが、その有用性故に反発も多かった。特に、発表直後は、自分の心を覗かれる不安にかられる者が続出し、政府・議会関係者による反発まで加わって、一時は『閻魔アース』が禁止されるかも知れない事態となった。それは「グーグルアース」の人工衛星版がたどった道と同じだ。
だが、時を措かずして流れが変わった。どんな人間にも――そう、与党議員だけでなく野党議員にも――陰の部分があるからだ。全員のイメージが落ちるという事は、誰か特定の人間だけが不利にはならないという事だ。秘せば花なり、秘せずば花なかりけり、と云うではないか。スキャンダルという言葉は死語と化し、その分、人々は己の陰の部分を恐れる必要がなくなったのだ。相手の腹の内を果てしなく探るという不毛な精神活動から解放されてかえって、うつ病が30%減ったという。
一方で『閻魔アース』は世界に無秩序の嵐を呼んだ。例えば世界的に信望のある民主主義運動の指導者がファッショ思想の持ち主と知れ、或いは数十億の信者を持つ宗教の長が無神論者、ノーベル賞科学者の成果が捏造であると分かったりした事だ。それらは或る程度予想された事とはいえ、それを疑っている段階と現実に見せられるのとでは話が違う。あらゆる人道・宗教・学術の権威が次々と崩壊した。
もちろん、この手の混乱も半年も経たないうちに、当たり前の事として受け入れられるようになった。こうして全ての混乱が終息してしまうと、人類社会はかつて無い平和な時代を迎えた。というのも、イラクやベトナムのような強引な戦争を起こす口実が存在しなくなってしまったからだ。
『閻魔アース』の開発をそそのかしたメフィストは、すっかり落ち込んでしまった。
だが捨てる神あれば助ける神あり。思わぬところから『閻魔アース』が新たな不安の火種となった。というのも、『閻魔アース』ソフトにビールスが侵入して、人間だけでなく、ヒトらしき動物――たとえばチンパンジーやペンギン――を、ヒトを間違えて表示するようになったからだ。野生のペンギンは猜疑心を全く持たない事で知られる。おそらく地上で最も純粋無垢な知的生命と云えよう。そういうペンギンが何十万人も「人」として登録されてしまったのだ。当然ながら、彼らは『閻魔アース』の『純粋者』リスト上位を独占した。人々は己の汚れに自己嫌悪に陥るようになった。
意外な幸運に息を吹き返したメフィストは、動物路線を拡大すべく、『閻魔アース』の後続『閻魔ペット』の開発に取り組んだ。動物たちの心を覗く事が出来れば、その純粋無垢さに比較して人間が鬱になるだろうと考えたのだ。
新しい検索システム『閻魔ペット』は発表直後からブームになった。古くから人間の友である犬や猫、鼠や鳥は何を考えているのだろうか? 動物たちの心を覗く事は確かに好奇心をそそるものだった。
ところが、彼らの内心は純粋無垢とはほど遠いものだった。人間を『アホ』『召使い』呼ばわりしているのならはまだしも、隣人友人家族のスキャンダルをそのまま罵っているのだから溜まらない。結局、『閻魔アース』の初期と同様の混乱が世界を襲った。そして、それは、最終的には『慣れる』というところで収束する。事の意外な展開にメフィストが喜んだのも束の間、結果的に『閻魔ペット』は人間をより強い動物にするという効果をもたらしただけだった。
『閻魔アース』の開発をそそのかしたメフィストは、すっかり落ち込んで、うつ病になってしまった。
新総裁に就任したアスタロトは、天国と地獄を覗くことのできる『閻魔ヘブン』『閻魔ヘル』で巻き返しを図っている。
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第71回タイトル競作参加作品。
ペンギンフェスタ2007掲載時に改稿しました。提出した作品はこちら(赤裸々20)。