4年近く、タイのバンコクで暮らしたことがある。 その当時はまだ、アジアの経済危機も起きておらず、高度成長を享受するタイ各地には、日本人の駐在員たちがあふれていた。 その駐在員たちが、こぞってハマっていたのが、タイマッサージだった。 うちの主人の代表的な休日のメニューは、猛暑の昼間を避けて朝5時に起き、近郊のゴルフ場でワンラウンドし、ゆっくりとビールで喉を潤してから、その後タイマッサージというものだった(あなた、そりゃ天国でしょ)。 タイマッサージのことを、タイ語で「ヌアット」と言う。マッサージのお店は、「ラーンヌアット」。 バンコクのあちこちに、たくさんのラーンヌアットがある。 店に入ると、たくさんの女の子が待機しているので、上手な子を指名する。(誤解を受けないように先に言っておくが、決していかがわしいところではない。女性もたくさん行っている。) カーテンで仕切られた部屋に寝転ぶと、女の子が合掌して(合掌のポーズはタイの日常挨拶だ)、足の裏からゆっくり丁寧にもみほぐしてゆく。 1コース1時間半。それで300バーツ(日本円にして1000円程度。タイ人御用達の店だと100バーツだと聞いた)。延長もできる。 何を隠そう、私はこのタイマッサージを習ったことがある。 タイマッサージの総本山は、「ワットポー」という、バンコク中心部の金ぴかの巨大な寝仏で有名な寺院の一角にある。私はその総本山で修行した先生から、出張教授してもらった。 全10回コースだから、たいしたことはないのだが。 至福のマッサージという禁断の木の実を食べてしまった駐在員は、帰国後それこそ禁断症状に苦しむ。その駐在員妻たちにマッサージを伝授することを思いついた彼らは、商売がうまい。 指や手のひら、肘や膝を使って、骨や筋肉のスジに沿って時間をかけて丁寧に押してゆく。 痛い部分もあるが気にしてはいけない。タイのマッサージは中国の指圧のように、対応した一点のツボを押すものではない。気の流れを線で捉えることにより、からだ全体の調子を良くしようという考え方だ。 しかも、足に重点を置く。1時間半のフルコースのうち、1時間をたっぷり足にかける。 また、プロレスの海老固めのようなアクロバティックなもみ方も、ヌアットの特徴だ。もともと、ヨガのポーズが始まりだったらしい。ワットポーの境内には、ヨガをしている人をもう1人が補助している格好の彫像が並んでいる。 だから、フルコースを終えると、もむほうは汗だくになってしまう。とても私には職業として続ける体力はない。 働き者の多いタイの女性たちだからこそ、こんな職業が成り立つのだろう。 ところで日本に帰って以来、わが主人は夜毎、「おくさ~ん。足もんでぇ。」と甘えた声で言う。 「……。」と、私は黙殺する。 主人のために汗をかく気などさらさらない、愛情の薄い私である。 何のために習ってきたんだろうねえ。 ところで、これからタイに観光に行く人にひとこと。オプショナルツアーでよく「タイマッサージコース」を見かけるが、料金は送迎込みでかなり高い。できれば現地の日本人の行くお店に直接行くことをお勧めする。結構日本語が通じる。 |