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BUTAPENN DIARY

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No. 25  とんでもドライバー誕生

 アメリカでは車がないと生きていけない。
 特にカリフォルニアはそうだ。通勤にも車。買い物にも車。各家最低2台の車がある。向かいの家は5人家族だったが、キャンピングカーも入れると5台の車がガレージに止めてあったくらいだ。
 子どもは親の送迎がなければデートもできない。習い事も。当然、主婦は車を運転できなければ主婦の仕事をこなすことができない。
 そのアメリカに引越したとき、なんと主婦たる私は無免許だった。
「アメリカで免許を取れば、日本の十分の一の費用で済む」ということばを信じて、無謀にも現地でドライバーズライセンスを取ることを決意していたのだった。

 教習所なんてない。やってきた個人教授のインストラクターの車の運転席に、いきなり座らされて、
「はい、出発」
 である。
「あの、キーはどこに差し込むんですか?」
 とおそるおそる聞かねばならないのが、情けない。
 その車は助手席にもブレーキがついているので安心と言えば安心だが、それでも初日から路上教習というのには驚いた。
 インストラクターは日系3世で、当時バブルの真っ最中で雨後の竹の子のように増えていた日本企業の駐在員家庭を専門に回っているらしかった。
 日本語はほとんどしゃべれないが、「右」「左」「まっすぐ」などの指示は日本語で言ってくれた。「Easy」(あわてず落ち着いて)だけは英語だったが、適当な日本語がなかったからだろう。
 ところが、私がバカなミスをすると、途端に早口の英語で叱責する。「肝心なそこが日本語で聞きたいのよ」と思っても叶わぬ話。英語で怒られていると思うと頭の血が逆流する。余計ミスを連発する。
「左レーンに移って」
 と言われて、あわてて移ろうとして、ちょうど来た車にぶつかりそうになる。
「なぜ後ろを確認しないんだ!」と怒鳴られるのだが、こっちはもはや思考力ゼロなのだ。
 運動神経のニブい私は、さそがし教え甲斐のない生徒だっただろう。

 歩いて15分のところにある幼稚園に上の子が通い始めた。
 ほかのお母さんたちはみな車でお迎えに来るのに、私だけが徒歩。
 アメリカの住宅街でとぼとぼと歩くというのは、とても勇気がいる。実際早朝ジョギングでもなければ、誰も歩いていないのだ。歩いていると、道行く車から「車を買えないほど貧乏」と思われている気がしてならない。
 英語がわからずにみじめな思いをしているだろう長男と並んで、車がなくてみじめな思いをしている私。ため息が出た。
 それに、アメリカに住んでいて免許がないということは、身分証明書を持たないのと同じ。ほとんどの場合、人々はみな小銭程度の現金しか持たず、スーパーマーケットの支払いさえもクレジットカードやチェック(小切手)で行なっているのだが、その際かならず免許証を提示する。買い物が現金でしかできないのは旅行者と同じと見られ、とても不便で危険なことなのだ。

 カリフォルニアの道路事情はとても良い。普通の住宅街でも2車線。幹線道路になると、片道5車線だ。
 スーパーの駐車場の一台分も、日本の1.5倍はある。駐車するときは前に突っ込むだけでよい。わざわざバックで入れる必要はない。日常キャンピングカーを乗り回している人もいるくらい、あらゆる公共スペースが車社会用にゆったりとできているのだ。
 合理的と言えば、信号をあまり見かけない。交通量の少ない場所は4ストップになっている。
 これは交差点の四方向に「STOP」の標識があり、「first come, first go」システム、つまり最初に交差点に入った車が一時停止後、最初に発進できるという意味だ。これなら、反対方向の車が全然いない交差点で意味なく赤信号で待たされるという不具合はない。
 直進方向が赤信号のときでも、徐行しながら右折できる(右通行なので、日本だったら左折に相当する)というのも、いい制度だと思った。

   ちっとも上達せずに心は焦るばかりだったが、それでも1ヶ月以上かかってようやく学科・実技試験の日を迎えた。
 学科試験といっても、特別な授業を受けたわけではない。薄いリーフレットを渡され、これを覚えて来なさいという程度。
 そして、当日は自動車局に行き、市役所のカウンターみたいなところでテスト用紙を渡され、これをそのへんで書き込んで来いと言われた。
 そのへんでと言われても……。テストですよ。立ってするんですか?
 待合所のベンチに座って英語で30問ほどの3択か4択問題(記憶がさだかでなく申し訳ないのだが)を解いて、ふたたびカウンターの向こうで待っている女性に渡した。
 その場で採点を受ける。結果は2問間違えただけで合格。うわさによると、もし不合格になっても、係の人が間違えた答えを指で指して、書き直して来いと言ってくれるそうだ。だからまず筆記試験で不合格になる人はいない、と。なんとのんびりした社会だろう。
 筆記試験が終わると、さっそく実技試験に向かう。
 車に乗せられ、構内の通路でバックをしてみろと言われる。
 それから、自動車局のまわりをぐるりと一周。
 ほとんどミスもなく、ふたたび元の場所に戻って来て、しめたと思ったとたん、最後の最後で路肩に乗り上げてしまった。
 オーマイグッドネス! やっちまったよーっ!
 心の叫びが通じたのかどうか、審査官は「You passed.(合格よ)」と言ってくれた。その瞬間、私の頭上では幻の金色のベルが鳴り響いたのは言うまでもない。

 帰りの車の中で、出来の悪い生徒をやっと合格させた日系3世のインストラクターは、とても心配そうな顔で、こう言った。
「あなたはこれから数ヶ月間は、左折をしてはいけない。左に行きたい場合は、右折を繰り返して、遠回りをして行きなさい」
 これが、危険なドライバーを野に放とうとしている彼の、せいいっぱいのはなむけのことばだったのだろう。
 教習代は全部で当時のレートで12万円、やはり私の運動神経では十分の一というわけにはいかなかったようだ。

 さて私は4年間で2度、隣の車に擦るという失態はやらかしたものの、事故らしい事故もなく、無事に日本に帰ってきた。
 カリフォルニア州の免許を日本の免許に切り換えようとしたら、なんと千葉県では、外国免許の切り替えは筆記は免除だが、実技は幕張の免許センターで適性試験を受けなければならないと言う。
 まあ、それでも4年間も運転してきたのだからと高をくくって試験に臨んだら、車に乗って1分で試験官に、「はい戻って。もう点数ありません」と言われた。
 コーナーを曲がって坂道に来ただけで、減点方式で0点になってしまったのだ。いかに私の運転は日本で通用しないものだったかを痛感した。アメリカの広大な土地だからこそ、私はかろうじて運転を許されていただけなのだ。
 結局、日本の免許に切り換えるために、私は教習所にしばらく通うはめになった。
 そして、さらに10年後。
 私の免許はいまや、レンタルビデオショップの身分証明のときに提示するしか使い道のない無用の長物となりはてている。


*  *  *  *
注:外国免許の切り替えは県によっても、また相手国によっても扱いが違うようです。1992年当時の千葉県は上記のような制度でしたが、今は変わっているかもしれません。
     

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