「ねえ、今シチューを作ってるの」 妻は背中を向けたまま、扉から入ってきた俺に話しかけた。 「何の肉だか、当ててみて」 「……さあな」 「仔牛の肉よ、すごいでしょう。村の人が薬のお礼にってくれたの…
カテゴリー: 掌編
エルエル 【10のお題・8】
切った木を束ねていると、木々の向こうから馬のひづめの音が近づいてきた。 乗っていたのは、血のように真っ赤な紋章をつけた騎士だ。 「ライムント」 彼は燃える瞳で、俺をにらみつけた。 「あんたは、誰だ。俺を知っているの…
あかるいね 【10のお題・7】
ずっと小屋の屋根をふさいでいた木の枝を切り払った。 「空が見える」 妻は窓を開け放ち、歓声をあげた。「これで家の中が、夕方まであかるいね」 「ああ。そうだな」 梢を透かして降り注ぐ光は、まるで大聖堂のステンドグラス…
明確なアイマイ 【10のお題・6】
いくら考えても、曖昧なことがある。 俺の名前は何だ。どこで生まれたのだ。この体の無数の傷は、どこでできたのだろう。俺はずっと昔から木こりだったのか。 考えるまでもなく、確かなこともある。 ふたりで静かに暮らしてい…
きつね味 【10のお題・5】
森の中に仕掛けておいた罠に、狐がかかった。 「これで、カトリーネに上等のマントを作ってやれる」 俺は前足と後ろ足を縛って肩にかつぎ、意気揚々と帰途についた。 「ついでに狐味のシチューというのも、悪くはないな」 扉の…
ビスケット色 【10のお題・4】
妻は朝から張り切って、ビスケットを作っている。洗濯ものを干す間、俺に焼き加減を見ていろという。 「いつまで?」 「ビスケット色になるまでよ」 俺はオーブンの前に置いた椅子にまたがり、明々と燃える炎にじっと見入った。 …
鳴らない 【10のお題・3】
鴉が増え、作物を荒らして困ると妻がこぼしている。 俺はたくさんの板切れを紐に通して、畑の上に渡した。風で板切れがカラカラと鳴り、鴉が驚いて近寄れなくなるらしい。先人の知恵だ。 これで一安心と思ったら、ある日突然、板…
冷たい紅 【10のお題・2】
俺の妻は、魔女だ。 いつも得体の知れない材料を集めてきては、薬を作っている。 春の雪融けの頃になると、森の中で何時間も、白い雪を踏みながら捜している。雪の中から最初に顔を出す花の花弁が、ぜんそくの特効薬になるのだと…
良いクラッカー 【10のお題・1】
一日の仕事を終えて帰ってくると、妻が木の扉の陰で待ち構えていた。 「誕生日、おめ……」 と大声を上げかけて、そのまま黙りこくる。手には、うんともすんとも言わぬ紙筒とちぎれた糸が握られている。 …
Lift Up Your Heart
Lift Up Your Heart もしあの夜 野原の牧人たちが 星空を見上げなかったら 重い税金 理不尽な差別 日々の暮らしに 疲れ果て 天使の軍勢に気づく余裕さえ なくしていたら それでも 御子はベツレヘムの馬小屋…